裸足の伯爵夫人
【お断り】「種類、季節、血」の三題噺です。
(以下、本文)
「男? 男なら季節ごとに乗り換えたもんさ。もう名前も忘れちまったね。新しい男を迎えたら、茶碗や箸まで買い替える。前の男の臭いがするもん残しといちゃ、次の男に失礼だろ。」
「いわゆる恋多き女ってやつ?」
オレが話しかけた小料理屋のバアさんは、もう目がとろーんとしてる。ボケてるのか酔っ払ってるのか知らないが、また客の前で寝込むのかよ。
「やだねえ。こう見えて身持ちはいいんだよ。ダンナの子種を宿したら、他の男からの誘いは断固としてハネつけるもん。浮気だ不倫だなんて、私にはご縁のない言葉だよ。」
「だったら、普通、結婚だろ。結婚制度に縛られるのがイヤだったとか?」
バアさん、大あくび。おい、オレの前で死ぬなよ。
「種が同じ子をそろえると、すぐ血がどうとかの話になるからね。犬の繁殖会じゃあるまいし。」
「結局、何人、産んだの?」
「そういや、五六人産んだわね。ボケちゃったのかねえ。あんまり思い出す事もなくなって。」
「まさか孫の顔まで忘れたとか?」
「うーん。最初の三人くらいまでは新鮮だったんだけど、もう孫とひ孫の違いも、よく分からないんだよ。」
そろそろ話が混乱して来たな。このバアさんの話が面白くなるのは、ここから先なんだ。
「女手ひとつで、どうやって育てたんだい? 以前、呉服の行商の話してたけど。」
「そりゃ、誰か別のバアさんの繰り言じゃないのかい? わたしゃ女手みっつで子どもを育てあげたんだよ。私の母親と妹と、女三人がかりなら子育てくらい、どうとでもなるもんさ。」
先週は雪の松島、しぐれの白河とか、東北行商の苦労話してたじゃないか!
まあ、ここで話の腰を折ってもしょうがない。オレは乗ってやった。
「種は借り物ってかい。女に子育て押し付けて逃げる男ばかりでもないだろ。『オレの子をよこせ! こっちで育てるから』とか言ってゴネる男はいなかったのか?」
「うん。そういう種類の男もいるにはいたね。お堅い職業についてるのに、そういうのが多かった。」
「修羅場だろ。子どもにしてみりゃ、いい迷惑だな。」
つい言葉がキツくなった。このバアさんとは関わりない話なんだが、「親の都合は子どもにゃ関係ないだろ」はオレの本音だ。ついポロリと出た。
「私も弁護士の裁判のと言った話はマッピラだったからね。子どもたちを全員集合させて、『どれがアンタの子だい?』って言ってやったよ。」
「選ばせたのか?」
なんか、親が自分の子を選択するって小説があったな。
「なぁに、タネも仕掛けもある話さ。『これがオレの子』って言うから、『そうかい。でも、その子を産んだの、私じゃなくて妹の方だよ』って言ってやったら、そいつ、青い顔して逃げてったよ。」
このネタは使い回しだな。確か前回はドロドロの親子どんぶりと言うオチだったはずだが。
結局、バアさんは付け台の向こうの椅子の上で居眠りを始めた。このバアさんの場合、泣き上戸、怒り上戸はない。寝るだけなら、まあ、タチがいい方か。盗られる物がある店でもなし。
毎度のことだが、オレはバアさんを奥の寝間の万年床の中に放り込んだ。
枕元の仏壇にはダンナの遺影写真。ちゃんと陰膳(かげぜん)も据えてある。
仏壇の横には、でっかいプラスチック・パネルがデンと据えてあり、家族写真がゴチャゴチャと貼り付けられていた。
それを見れば一目瞭然だが、バアさん、死んだダンナとは若い内に結婚し、子どもも三人もうけた。
子どもらの写真と言うのが、これがまた剣道部県大会の写真とか、大学の正門前で撮った写真とかなんだが、子どもらの顔は、みんなダンナと瓜二つだ。
このバアさん、昭和のメロドラマの「生き字引」で、この近所では有名なホラ吹きバロネス(男爵夫人)なんだ。
