夜に降る(#シロクマ文芸部)
夜に降る星を目で追いながら、いつも願い事ができなかったことを悔やんでしまう。
薄暗い湖面には、たくさんの渡り鳥たちが体を丸め、ぷかりぷかりと浮かんでいた。冷たく澄んだ空気の中で、彼らだけが穏やかな世界に生きているように見える。
――羨ましい。
そんなふうに思っていた時期があった。
氷のように冷たい水の上で、気持ちよさそうに浮かんでいるカモやカモメたち。
水面の下では、絶えず足を動かしていると聞くけれど、私には優雅で、どこまでも自由に見えた。
夫が運転する車の助手席に座り、車窓の外に広がる湖を眺めていた。
あの鳥たちは、自分を見失うことなどないのだろう――そんなことを考えながら。
「寒そうだよね、鳥たち」
夫がエアコンの温度を少し上げた。
「もっと寒い場所から渡って来てるんだもの。きっと今がちょうどいいのかもね」
私はそう言って笑った。私たちの間にも、きっと体感温度のような“ズレ”があるのだろう。
二十代の終わり。
七年間勤めた会社を辞めて実家に戻り、何か新しいことを始めたくて、心がうずいていた。
そんなときに夫と出会い、結婚して家庭を築くことこそが、どんな仕事よりも意味のあることのように思えた。
結婚して、子どもを育てて。気づけば自分の環境はすっかり変わっていた。
無我夢中の頃には見えなかった「余白」が、いつしか心の隙間を埋めるように夢を見させてしまう。
それでも、進む道は決まっている。
私はそこに安らぎを感じていたし、今もそれは変わらない。
間違ってはいない。自分で選んだ道だ。後悔もない。
何度生まれ変わっても、きっと同じ道を選ぶだろう。
――それでも。
鳥たちが一斉に飛び立つ瞬間だけは、胸の奥がざわめく。
渡り鳥が見事なV字を描いて夜空へ舞い上がる。
その姿を見るたび、私の中の何かが疼き、いてもたってもいられなくなる。
夜の帳の中で、星がいくつ舞い降りようとも、渡り鳥たちはその習性を変えることはない。
