中国人の私が、日本の老舗文化に感動した理由
正月に夫の実家へ帰ると、夫は必ず昔からあるコロッケ屋さんに寄る。
小学校の帰りに買っていたという、何の変哲もないコロッケである。
衣はざくっとして、中身はじゃがいも中心。高級感もない。映えもしない。
私が食べても、「うん、普通においしいね」くらいである。
ところが夫は、それを食べると急に小学生の顔になる。
「これこれ。この味」
その顔を見るたびに、私は少しだけ羨ましくなる。
人は、味そのものを食べているのではない。
自分がまだ何者でもなかった頃の時間を、食べているのだと思う。
私にも、そういう味があった。
稲香村のお菓子、天津麻花、狗不理包子。
子どもの頃の私にとって、それらはほとんど天国の食べ物だった。
当時の中国は、今ほど豊かではなかった。
だからこそ、たまに食べる「特別なもの」の幸福感は大きかった。
あの頃の私は、本気で「世界で一番おいしい」と思っていた。
その後、日本に留学した。
そして、気がつけば中国が猛烈なスピードで変化した30年を、日本から眺めることになった。
昔の名店は次々とチェーン化し、全国展開し、巨大なブランドになった。
ビジネスとしては当然である。
人気があるから店を増やす。むしろ健全な市場経済だ。
ところが、久しぶりに食べると、あれ、味が違う。
最初は、自分の舌が変わったのだと思った。
日本に長く住み、美味しいものを食べすぎたのかもしれない。
日本という国は恐ろしい。
外国人の舌まで勝手に教育してくる。
しかし私は研究者なので、一応、自分の仮説も疑う。
「いや、これは私の思い込みでは?」と思い、何度か別の日にも試した。
しかし、やはり違う。
もちろん、記憶が美化されている部分もあるだろう。
でも、それだけではない気がする。
その時、逆に日本の不思議さに気づいた。
赤福、老舗の和菓子屋、町のお茶屋さん、昔ながらの餅屋。
何百年も続き、「何代目」が暖簾を守っている世界。
そこでは食べ物は、単なる商品ではない。
家業であり、文化であり、記憶の保存装置になっている。
もちろん日本にもチェーン店はある。
効率化もする。
しかし、それとは別に、「変えてはいけない味」が、社会のどこかで静かに守られている。
外国人として日本で長く暮らして、私が最も深い文化だと感じるのは、実はこういう部分かもしれない。
派手ではない。
世界最先端でもない。
SNS映えもしない。
でも、「子どもの頃の味」が何十年後にも残っている。
それは、実はものすごく贅沢なことなのだ。
夫にとって、あのコロッケ屋さんは、ただの惣菜屋ではない。
人生の一部なのだと思う。
世界遺産には登録されない。
ガイドブックにも載らない。
正直に言うと、あまり他人には教えたくないんですよね。
「え、そんな名店あるの?」とか言って、急に行列できたら困るので。
原田マハさんのエッセイでも、「あえて店名は書かない」という気持ち、ものすごく分かる。
本当に大事な店って、文化財というより、“自分の避難場所”に近いんですよね。
できれば、静かに長生きしてほしい。
Googleレビュー4.8とかにならなくていいから。
その味がなくなったら、一人の人間の中の「故郷」が少し欠ける。
だから夫は、帰省するたびに、嬉しそうにコロッケを買いに行くのだろう。
あの無愛想で、ちょっと頑固そうなおじいちゃんが作るコロッケ。
どうか、まだまだ元気でいてくださいね。
今週末も、また買いに行きますから。
たぶん夫はまた、「これこれ」と言いながら、嬉しそうに食べると思います。
