中国人女性、数学最高峰フィールズ賞へ――王虹の快挙が問いかけるもの
嬉しくてたまらない。
若い。そして同じ女性研究者でもある。
このニュースを見た瞬間、「これは書かなければ」と思った。理屈ではなく、衝動だった。
「ついに、ここまで来たか。」
いや、ここが終点ではない。おそらく、これは新しい時代の序章なのだろう。
7月23日、フィラデルフィアで開かれたICM(国際数学者会議)2026の開幕式で、フィールズ賞の受賞者が正式に発表された。事前にウェブサイトのコードから名前が判明していたとおり、中国出身の王虹(Hong Wang)と鄧煜(Yu Deng)が受賞。中国出身の数学者としては史上初のフィールズ賞受賞であり、しかも同じ回に2人同時受賞という前例のない快挙となった。さらに王虹は、マリアム・ミルザハニ、マリーナ・ヴィアゾフスカに続く史上3人目の女性フィールズ賞受賞者となった。
王虹は1991年、中国・広西チワン族自治区桂林市生まれ。北京大学では当初、地球空間科学学院に入学したが、2年目に数学へ転じた。現在はフランス高等科学研究所(IHÉS)の終身教授とニューヨーク大学クーラント研究所の教授を兼任している。2025年にはJoshua Zahlとの共同研究で、約100年にわたり未解決だった三次元掛谷(Kakeya)問題を解決し、現代解析学における歴史的成果として世界中の数学者から高く評価された。「数学皇帝」とも呼ばれる丘成桐氏が、この受賞を「中国数学界が数十年待ち望んだ悲願」と語ったことからも、この出来事が中国でどれほど大きな意味を持つのかが伝わってくる。
ここで私が気になったのは、「中国は女性教授が多いのに、日本はまだまだ遅れている」という、これまで何となく抱いてきた印象だった。実際、大学で働いていると、中国のほうが女性研究者を多く見かけるように感じる場面は少なくない。しかし、改めて統計を調べてみると、その印象は完全に間違っているわけでもない一方で、数字の見方によって受ける印象がかなり変わることも分かった。
まず日本を見てみると、文部科学省の2025年度学校基本調査では、大学教員全体に占める女性の割合は28.2%と過去最高を更新している。ただし、この数字には助教や講師なども含まれており、教授職に限れば割合はさらに低い。旧帝国大学では女性教授の割合はなお一桁台から一割程度にとどまる大学も多く、東京大学でも女性教授は約1割強に過ぎない。一方で東京大学は、2027年度までに新規採用する教授・准教授の4分の1を女性とする目標を掲げ、研究者の裾野そのものを広げようと取り組みを進めている。
一方、中国では、大学の女性専任教員は約半数を占める。2021年時点では普通高等学校(一般大学)の専任教員の49.59%が女性であり、入口の段階では男女比はほぼ半々と言ってよい水準にある。この数字だけを見ると、日本よりはるかに男女平等が進んでいるように見える。しかし、職位が上がるにつれて女性比率は大きく低下する。教育部の統計では、大学院生の指導資格を持つ教員全体では女性は31.83%、修士・博士双方を指導できる教員では19.37%、博士課程のみを指導する教員では16.89%まで下がる。もちろん、中国の博士指導教員は教授だけではなく准教授なども含まれるため、日本の教授職と単純に比較することはできない。それでも、研究者としてキャリアの上位層に進むほど女性が少なくなるという構造は、日本と中国の双方に共通していることが分かる。
こうして数字を並べてみると、「中国は女性研究者に優しく、日本は遅れている」という単純な構図では説明できないことが見えてくる。中国は確かに、女性が大学教員という職業に入っていく段階では世界的に見ても非常に高い比率を実現している。しかし、その先で研究室を率い、博士課程の学生を指導し、学界の第一線に立つようになると、女性の割合は急速に減少していく。一方、日本では、その頂点以前に、そもそも大学教員という入口に入る女性の数自体が少ない。この違いこそが、両国の最大の違いなのではないかと思う。
だからこそ、王虹の受賞は単に「中国初のフィールズ賞受賞」というニュースにとどまらない。中国数学界にとって、それはようやく女性が世界の頂点に到達したという象徴的な出来事だった。そして日本にとっては、世界トップレベルの女性研究者を育てる以前に、その土台となる裾野をどう広げていくのかという課題を改めて考えさせられる出来事でもある。一人の天才の誕生は偶然かもしれない。しかし、その天才が生まれ、育ち、世界へ羽ばたける環境をどれだけ整えられるかは、社会の仕組みにかかっている。王虹の快挙は、日本と中国のどちらにも、そのことを静かに問いかけているように思えた。
