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本能が「逃げろ」と叫ぶ場所に、それでも立てるか。

東京の最深部へ

武蔵五日市駅が、都会の終点だと思っていた。
そこからさらにバスで約1時間。

山が深くなり、川の音が大きくなる。
民家が消え、空気が変わる。

檜原村・九頭竜神社。

そのすぐ近くにある
龍神の滝。

気温2度。
岩には氷柱。
水温は氷点下に近い。

写真で見れば、ただ美しい。
だが、その水の下に立つと考えた瞬間、
風景は優しさを失う。

バンジーも飛んだ。空からも落ちた。

バンジージャンプもやった。
スカイダイビングもやった。

高所の恐怖は強烈だ。
だが、あれは一瞬だ。

重力に身を委ねる数秒。
風に包まれる数分。

恐怖は鋭いが、短い。

真冬の滝行は違った。

恐怖というより、
本能が全力で拒絶する。

「やめろ」と身体が叫ぶ。
全身が震撼する。

逃げる選択肢はある。
自分の意思で参加している。

それでも、
一歩踏み込んだ瞬間から
理性より本能のほうが強くなる。

質が違う。

滝行とは何か

滝行は、修験道や密教の流れを汲む禊の実践だ。

水に打たれ、
穢れを祓い、
心身を清める。

だが本質は、冷水に耐えることではない。
限界に触れることだ。

①準備運動。一度死ぬ

まず準備運動。

・片足を前に出す
・両手で船を漕ぐ動作
・「エイホー」と掛け声を10回
・反対側も同じ

ストレッチとしては、
意味があるようでいてほぼ意味がない。

これは三途の川を渡るための船漕ぎだという。

滝行とは「一度死ぬこと」。

水に入る前に、
象徴的に死をなぞる。

ここで、改めて神聖な儀式であって、
遊びではないと理解する。

②一回目。祓い

基本動作がある。

・滝に一礼
・右手で剣を作り、滝の結界を切る
・滝に入る
・剣で結界を戻す
・一礼

一度目は「祓い」。

「祓いたまへ 清めたまえ」
三度唱える。

時間は約10秒。

だが、十分だ。

冷たいを通り越して痛い。
呼吸が乱れる。
身体が強張る。

たった10秒でも
身体が悲鳴を上げるには十分な時間だ。

③二回目。懺悔

二度目が核心だ。

住職が『般若心経』を唱える。
約1分30秒。

目的は懺悔。

入る前、何を悔いるか考えていた。

だが、打たれ始めると
思考は保てない。

石礫のような水が
頭と肩に落ち続ける。

初心者向けの滝と聞いていた。
十分すぎる衝撃だ。

最初に浮かんだ一つの懺悔を、
ただ繰り返すしかない。

寒さと痛みの中で、
抵抗する力が抜ける瞬間が来る。

「あ、力入れすぎている」

肩を緩める。
足の踏ん張りを少し解く。

集中状態に入る。

寒さは消えない。
だが、戦わなくなる。

1分30秒。
長い。

だが確かに、越えた。

④三度目。受け取る

三度目は祈願。

不動明王の真言が唱えられる。

最初は再び痛い。
寒い。

だが徐々に、
二度目の集中に戻る。

何も考えない時間。

「これは自分の意志である」と
一瞬思った。

後日、永平寺で参禅したとき、
その感覚の意味を少し理解した気がする。

苦行の中で、
そう思えたことが不思議だった。

最後の一礼

滝から出る。
結界を戻し、一礼する。

頭を下げた瞬間、
嘘のない感謝があった。

達成感ではない。
誇りでもない。

ただ、
「ありがとうございました」としか言えない感情。

感謝は教えられて出すものではない。
限界を越えた後に、自然に湧くものだと知った。

修行の意味

世の中には、もっと凄まじい修行がある。

千日回峰行。
比叡山で7年、約1000日。
1日30〜40キロを歩き続け、
9日間の断食・不眠・不臥を含む荒行。

命懸けだ。

それと比べるのはおこがましい。

だが、理解したことがある。

なぜ人は極限を選ぶのか。

死と生の境界に立つことでしか、
見えないものがあるからだ。

日常の延長では、
自分は変わらない。

わざわざ極限に身を置く。
そこで初めて、自分の限界が露出する。

悟ったわけではない。

だが、
修行の意味をほんの少しだけ理解した。

自分の限界に触れたことがあるか。
安全な場所から人生を語っていないか。

水量の多い夏場に体験するのも悪くないが
真冬の滝行も悪くない。

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