てくてく展示巡り Vol.5 アートは、物語だ。翠色のファンタジー(御徒町)
翠の物語——金子素直個展「翠〜AIアートと写真が紡ぎだす物語〜」
雨が降りしきる中、大江戸線・新御徒町駅で降りた。
傘を畳む。

アーケードのある佐竹商店街に入ると、時間の流れが少しゆっくりになる気がした。日本で二番目に古いというこの商店街は、レトロな看板と昭和の空気をまとったまま、今もそこにある。
その一角に、ギャラリー「しろむじ」はあった。
金子素直さんの個展、「翠〜AIアートと写真が紡ぎだす物語〜」。写真とAIアートを手がける金子さんの、3年続けたシリーズの、最終章だ。
碧、紅、そして翠へ
「碧、紅と続く3年目。このシリーズとしては最後の展示」と、金子さんは展示前にそう書いていた。
「本当は1回で終わるはずだった個展が、次を楽しみに待ってくれる人がいて、自分自身もう少しやってみたくて、気づけば3年続いた」
その最終章が、今回の「翠」だ。


会場に入ると、写真とAIアートが上下に並んで展示されているコーナーがあった。下に写真、上にその写真をもとに制作したAIアート。これは今回が初めての試みだという。
下に飾られた一枚——屋久島の苔むした巨木の写真。無加工のまま、霧の中に静かに立つその木は、圧倒的な存在感を放っていた。そしてその上に、同じ対象から生まれたAIアート。光に満ちた精霊の森、霧の中の鳥居へと続く参道——。現実の神社の神秘と、内なるファンタジーが、上下で静かに向き合っていた。
頭の中の世界を、どう出すか

ギャラリートークで、金子さんはご自身のことを語ってくれた。
奈良で生まれ育ち、川遊びをして、本を読んで育った。昔からファンタジーが大好きだった。そして、シンガーソングライター・KOKIAの音楽を、二十五年聴き続けてきた。
「僕の頭の中にある世界観を表現したのが、AIアートです」
写真は、2009年から独学で始めた。上高地で撮った森と水の写真を見て心から喜んでくれる人がいた。写真を撮り続けようと決めた。基本、依頼されない限り人は撮らない。撮影後の加工は一切しない。時間と手間をかけて、現実の風景と向き合ってきた表現だ。
一方、約3年で10万枚を制作したというAIアートは、それとは対照的だ。目に見えないもの、頭の中にしかないものを、外に引き出す表現方法。
二つは対立しているのではなく、同じ一人の人間から生まれた、異なる「物語の語り口」なのだと思った。
手の内を明かしても、まねできない
今回の展示には、AIアート制作の解説まで用意されていた。少し驚いた。手の内を明かしてしまって、大丈夫だろうか、と。
でも、それは間違った心配だった。
テクニックを知ったところで、金子さんのAIアートをまねることはできない。なぜなら、あの作品たちは、彼の頭の中のファンタジーそのものだから。写真も、AIアートも、そして文章も——金子さんにとってはすべて、内側にある世界を外に出すための手段なのだ。
点が、線になった瞬間
会場を出てから、KOKIAさんの歌をYouTubeで聴いてみた。
そのとき、点が線になった。
AIアートの中に、いつもひとり佇んでいる女の子がいる。霧の中で、光に向かって、静かに立っている。あの子は、KOKIAさんだったのかもしれない。二十五年分の音楽が、あの作品たちに溶け込んでいたのかもしれない。
偶然が、必然に見える場所
「しろむじ」を選んだのは、壁の色が気に入ったから、と金子さんは言った。だから佐竹商店街との出会いも、半ば偶然だった。
でも、不思議だと思う。
奈良の自然の中で育ち、明治神宮で歴史を語り、作品には繰り返し神社や聖なる森が現れる。そんな金子さんが辿り着いた場所が、AIという最先端の表現と、昭和のレトロな商店街が交差する一角だったこと。
偶然なのに、必然のように見える。引き寄せた、という言葉が浮かんだ。

前に進むために、やる
「1週間の個展のために数百時間、数か月を費やす。不思議なことをしているといつも思う。でもすごく大切なことをしている」
展示の前、金子さんはそう書いていた。個展をしないことは簡単だけれど、それでもやる。結果ではなくプロセス。準備の過程で、何かを得ている——と。
表現者にとって、アウトプットは義務ではなく、前進そのものなのだと思った。
翠の物語は、6月27日で終わる。でも金子さんの創作は、続く。「写真家・AIアートクリエイター」に続く3つ目の軸として、2025年からは「歴史を伝える活動」も始めた。明治神宮などでの歴史案内ツアーを通じて、過去と現代をつなぐ。
物語を紡ぐ人は、いつも次の物語へ向かっている。
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