【長編エッセイ】ダサさを引き受けて走りはじめた ―「オレはこんなもんじゃない」を手放せなかった男の再起動記―
まえがき
みなさま、いかがお過ごしでしょうか。
酔いどれBowzRunner 我流迷走です。
では、さっそく……
「オレはこんなもんじゃない」を手放せなかった男が、48歳で人生を走り直した話。
過去のエッセイで、私はランニングの話を、というか、まつわる話をメインに書いてきました。
ですが、一番大事な話を、実はまだちゃんと書いていませんでした。
なぜ、陸上経験ゼロ。持久走は大の苦手。おまけにお酒が大好きな1968年生まれのオッサンが、48歳になって突然走りはじめたのか。
その真相を語る日が、ついにやってきました!
健康のためだったのか。
ダイエットのためだったのか。
それとも何か立派な目標があったのか。
結論から言うと、どれも少し違います。
もっと情けなくて、もっと面倒くさくて、そして案外、多くの人が抱えている話です。
変わりたい。
でも動けない。
挑戦したい。
でも怖い。
そんな感情を抱えたことがある方には、ぜひ読んでいただきたいと思っています。
本文だけでも1万字近い、私なりの渾身の長編エッセイです。
笑っていただけたら嬉しいですし、「ああ、分かる」と思っていただけたら、もっと嬉しいです。
煎餅でもかじりながら、気楽にお読みいただけると幸いです。
ではどうぞ。
48歳が怖かった
人はいつから、自分の残り時間を意識しはじめるのだろう。
40代の後半だったのか。それとも、もっと前だったのか。今となってはよく分からない。ただ、48歳を迎える直前の私は、妙に落ち着かなかった。
翌年が年男。12年に1度の節目である。それだけならどうってことはない。問題は、その次だった。
次の年男は60歳。赤いちゃんちゃんこ。“還暦”である。この「還暦」という二文字が、なぜか妙に重かった。
48歳ならまだ今までの延長線上にいる気がする。だが60歳は違う。
なんだか別のステージだ。
知らない世界だ。
——想像がつかない。
いくら楽天家で能天気な私ですら、「おいおい、待て待て」と少しばかり人生を振り返ってしまった。
そして振り返った結果、まあ、なかなかに厄介な感情と再会することになる。
それが、「オレはこんなもんじゃない」である。
若い頃からずっと心のどこかに棲みついている厄介なやつだ。
もっとできる。
もっとやれる。
もっと何者かになれる。
そう思いながら50歳が見えてきている。これはなかなかキツい。
客観的に見れば——
東京で15年音楽をやった。
グラフィックデザイナーもやった。
ラジオパーソナリティも12年間やった。
結婚もした。
独立して個人事業主にもなった。
思い返せば、もっといろんなことをやってきている。何もやっていない人生ではない。だが私は納得していない。
なぜか。
簡単である。自分が思い描いていた自分に届いていないからだ。
そしてその原因も薄々分かっていた。私は昔から、とにかく“カッコつけしい”だった。
センス信仰という病
その答えを語るには、少しだけ話を遡らなければならない。
今なら分かる——
48歳でランニングをはじめた理由は、健康のためでもなければ、ダイエットのためでもない。
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