Love the earth project 新居浜 ビーチクリーン活動
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新居浜市の市民活動ボランティアグループの中に『 ラブ ジ アース プロジェクト 新居浜 』というグループがあります。
グループ立ち上げ時の代表の方はお子さんが生まれて間もない頃だったこともあり、地球温暖化防止活動の一環として(推進員ではないようです)ビーチクリーン活動(時には河川や公園の美化活動)を中心に活動を始めたグループです。
地球温暖化防止活動への意識が高く、徳島県のゼロウェイストで有名な上浦町に見学に行ったり、家族旅行で沖縄に行った際にも環境に関するレポートを作成されたりしています。
こちらのグループメンバーの初期メンバー2人に私のラジオ番組にご出演いただき(お正月番組の地球を守ろうラジオIN新居浜)それ以来はInstagramの投稿をお互いが見る程度のお付き合いでした。
ビーチクリーン活動には参加したいと思いながら、仕事や家庭の都合もあり参加が叶わずにいました。
今回はたまたま私が遅番出勤の日にビーチクリーン活動があり、場所も通勤路沿いだったこと、途中参加、途中解散可能ということで、ちょっと寄ってみることにしました。(車で走っていて思い出した程度でしたが(笑))
ビーチクリーン(ゴミ拾い)の醍醐味
朝9時30分スタート、10時30分までの1時間の予定なので、午後から予定がある方や、お昼ご飯を外食したい方でも参加したい時間帯に設定されています。
場所は駐車スペースとビーチに降りやすいように整備されているところが(荷内海岸)設定されています。
主要道路沿いなので、事前に申請しておけば行政のゴミ収集車に収集に来てもらうことも出来ます。
ゴミ袋はボランティア用のゴミ袋を事前に行政に申請してゴミ減量課に(新居浜市の場合で、他行政は申請手続きが違うと思いますが)取りに行きます。
ゴミ拾いは大谷翔平選手も“夢ひろい”と言っているように、集中していると楽しくなります。
袋にゴミを拾って入れていくとドンドン袋がいっぱいになりますし、拾う前と拾ったあとの周囲の綺麗さが見違えて、『袋』、『環境』どちらも成果がわかりやすいのでやりがいに繋がります。
ゴミ拾いといえば イエローハット創業者の鍵山秀三郎さんが思い浮かびますが著書『ひとつ拾えばひとつだけきれいになる』
でも紹介されているように、
ゴミを捨てる人(ゴミ箱ではなくポイ捨て)はゴミを拾いません。
人の捨てたゴミを拾う人はゴミを捨てません。
たったひとつのゴミを拾うことはゴミを捨てる人と比較すると倍以上の差がついてしまうのです。
そして私の記事ではいつもコミュニティの話になり恐縮ですが、ゴミ拾いのコミュニティは荒れません。
ゴミ拾いボランティアのコミュニティに所属することは、居心地のよいグループ、心理的安全性の高い、互いを尊重しあえるコミュニティに所属していることになります。
ビーチクリーンで見かけるゴミの種類
ビーチクリーン活動をしていると、海岸に落ちているゴミの種類が限られいることに気づきます。
多い順に(感覚ですが)
① ペットボトル
② 発泡スチロール
③ 食品トレーの欠片
④ 瓶、缶
⑤ その他(ライターや釣り具など)
といった感じでした。
もちろん、海岸によっても違うと思いますし、私の住んでいる地域は瀬戸内海でも比較的中央に位置しているので世界中のゴミが流れつく可能性は低い地域かもしれません。
感覚的な量でなく、環境省のまとめた海洋ゴミの内容を添付しておきます。
自分の仕事と切れない関係性
上記の拾ったゴミの内訳をみると、いかにスーパーで販売されている物の容器が多いかを思い知ります。
100年も前でない過去、お豆腐やお魚はリアカーなどで行商に来て、消費者(買い物客)はお鍋やボウルを持って購入していました。
お肉屋さんではなめし皮でお肉を包んで、八百屋では野菜や果物はそのまま、客が持参した買い物かごに入れていました。
リサイクルでは賄えない程の量のゴミを大量に出し続けているので蛇口(出している方)を絞らないとこの問題は解決できないのでしょう。
お肉やお魚はパックに入っていない商品を探す方が困難です。
スーパーで働く店員で最もペットボトル飲料を購入していない店員の私は店の売上への貢献が少ないかもしれません。
(マイボトルに入れている緑茶リーフは自店で購入しています)
食料品を販売している事で『人のいのちを扱う仕事』だと自負して、仕事自体をリスペクトしています。
ただ、ビーチクリーン活動は、襟を正す意味でも、定期的に参加したい活動だと気づかされました。
星を投げる人
大量に捨てられる事で、拾っても拾っても、次に来た時にはゴミがあふれている地元の海岸ですが、こんな時思い出すお話があります。
「星を投げる人」というお話です。
「星を投げる人」の話をしよう。 この話を最初に聞いたのは、アメリカのある教会の説教でのこと。もう何年も前である。牧 師はこんなふうに話した。 《朝、いつものように海岸を散歩していると、ひとりの少年が何やら、海に向かって投げて いる。「何してるんだい?」「ヒトデを投げているのさ」。見ると、見渡す限り無数のヒトデが 打ち上げられている。やがて死んでしまうだろう。「こんなにたくさんいるのに、何の足しに もならないよ」。少年は、ヒトデをもうひとつ拾いあげた。「でもこのヒトデには、大きな違い だと思うよ」。そう言って、そのヒトデを海に向かって投げたのである。》 この話は耳に残った。足しにならない、は no difference。違いがある、は make a difference。 「違い」とはなんだろう。 調べてみるとこの話は、ローレン・アイズリーという作家の『星を投げる人』が元になって いる。それをいろいろな人が語り直し、子ども向けもでき、いくつものヴァージョンがある。 でも話の急所は、少年が言う「違い」とは何かということだ。 ヒトデはこんなにたくさんで、全部は助けられない。徒労に思える。でも少年は言う、「こ の」ヒトデは確実に助かるよ。そして、ひとつずつヒトデを投げ続ける。それならできるから。 「ハクソー・リッジ」で負傷兵を助け続けたデズモンドのように。そして、ささやかな「違い」 のために、悪戦苦闘している誰でものように。 「違いがわかる」コーヒーのコマーシャルがあった。「違い」は、消費社会の高級品を味わ う能力のことではない。自分の生きる意味を理解できる知恵のことだ。
今目の前にあるひとつのゴミを拾えば、文字通り一つだけきれいになる。
そんな活動が このビーチクリーン活動なのだと希望がもてます。
ハチドリのひとしずく
同様にこの逸話からもいつも小さな活動をしている際に気づかされます。
森が燃えていました
森の生きものたちは われ先にと 逃げて いきました
でもクリキンディという名の
ハチドリだけは いったりきたり
口ばしで水のしずくを一滴ずつ運んでは
火の上に落としていきます
動物たちがそれを見て
「そんなことをして いったい何になるんだ」
といって笑います
クリキンディはこう答えました
「私は、私にできることをしているだけ」
追記
たった1時間のビーチクリーン活動で、こんなにも多い気づきが得られたのは自分自身でも驚きでした。
最後に、活動を終えて帰るボランティアの方に、主催の方が作成した新聞を配られていました(私もいただきました) 月1回の活動なので、だいたい毎月作成されているようです(しかも手書き!)
1月だったこともあり、ポリタンクにお湯を準備していて、活動後に手を洗えるように準備されていました。
このあたりは活動を継続されているだけあってさすがです!
画像の自作新聞は過去のお正月新聞です。

