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レシピを何百集めても、食文化にはならない。――美食都市学 第2章

連載ナビ この連載は教科書『美食都市学』全24章を毎週水曜・金曜にお届けしています。第1回(無料)で美食都市を定義し、今回は理論の足元に戻り、そもそも「食文化の価値」とは何か——どこに宿り、どう扱えばよいのかを解剖します。


――3分でわかる第2章――
・食文化とは料理のリストではなく「なぜ、ここで」という文脈の総体
・テロワール(土地→味)に加え、風土(土地⇄人)まで掘ると物語になる
・郷土料理は観光素材でも標本でもなく、運用できる「資本」である

2-1 食文化とは何か——料理ではなく、文脈


「食文化」という言葉は便利である。便利すぎて、中身を問われないまま総合計画や観光戦略に載る。本章はまず、この言葉を解剖するところから始めたい。

よくある誤解は、食文化=郷土料理のリスト、という理解である。パンフレットに並ぶ料理名の一覧。しかしリストは文化ではない。同じ「さばの棒寿司」でも、それが京都の台所にあるのと、東京のスーパーの棚にあるのとでは、意味がまったく違う。違いを生んでいるのは料理そのものではなく、その背後にある文脈である。

本書の定義はこうだ。
食文化とは、なぜその料理がそこで生まれ、食べ続けられてきたかという文脈の総体である。

若狭湾で獲れた鯖が、京都まで運ばれる丸1日のあいだに塩が回り、ちょうど食べ頃になる——だから鯖街道の終点に鯖寿司の文化がある。雪に閉ざされる土地では、秋の実りを発酵と塩蔵で冬へ持ち越す技術が発達した。保存食とは、飢えの記憶と知恵の記録である。料理は「答え」にすぎない。文化とは、土地が突きつけた問いと、人々が出した答えの全体を指す。

もう1つ重要なのは、食文化は生活の総体だということである。文化と聞くと祭りの御馳走(ハレ)を思い浮かべがちだが、文化の基層はむしろ日常(ケ)にある。毎朝の味噌汁の具、弁当の定番、法事に出る菓子。当たり前すぎて誰も語らないものこそ、その土地の食文化の本体である。

▶実務のポイント
資源調査で「何があるか」のリストを作ったら、全品目に「なぜ、ここで?」を1行ずつ書き足してみる。書けない品目は、まだ文化として把握できていない——それが次の調査対象である。

では、その文脈はどこまで掘ればいいのか。
ここから先は、フランスが発明した「テロワール」と、日本にしかない「風土」という2つの概念を接続しながら、掘り方の方法論に入る。

2-2 風土とテロワール

食文化の文脈を掘っていくと、必ず土地の条件に行き当たる。これを概念化した言葉が、フランスのテロワール(terroir)である。もともとはワインの用語で、土壌・気候・地形・造り手の技が一体となって味に現れる、という思想を指す。フランスはこの思想をAOC(原産地統制呼称)として制度化し、「その土地の名が品質を保証する」という経済の仕組みにまで育て上げた。テロワールとは、風土を価値に変換する装置の発明だったのである。

一方、日本には「風土」という言葉がある。
和辻哲郎が『風土』(1935年)で論じたように、風土とは単なる自然環境ではない。人間が自然とのかかわりのなかで自らの生き方を形づくってきた、その関係の全体である。

テロワールが「土地→味」という因果を指すとすれば、風土は「土地⇄人」の相互形成を指す。射程が1段深い。

両者を接続すると、日本の食文化を語る方法が見えてくる。たとえば関西の出汁文化。軟水だから昆布の旨味が抽出しやすい——ここまではテロワールの説明である。しかし、なぜ北海道の昆布が関西で使われているのか。答えは北前船という数百年の交易の歴史であり、それは自然条件ではなく人の営みである。

テロワール(自然)と風土(自然と人の関係史)の両方を掘って、初めて出汁文化は説明できる。

本書では以降、「食の風土」を次のように定義して使う。気候・水・土壌・地形という自然条件と、それに応答してきた人々の生業と暮らし方の全体。
これが第2回で紹介したFoodscapeの起点「①自然」の内実である。

▶実務のポイント
「うちの食材は水がいいから美味しい」で説明を止めない。その水がどんな生業と暮らし方を育てたかまで語れたとき、初めて他所に真似のできない物語になる。テロワールで止まらず、風土まで掘る。

2-3 歴史と暮らし——食は歴史の堆積物

風土が食文化の縦軸(土地との関係)だとすれば、歴史は横軸(時間の堆積)である。まちの食は、そのまちの成り立ちに応じて、地層のように積み重なっている。したがって、まちの類型がわかれば、どこを掘れば何が出るかの見当がつく。

◆ 街道筋——運ばれる途中で変化した食。宿場の食
 調査の着眼点:旧街道沿いの老舗・古地図・伝馬の記録

◆ 港町——交易が持ち込んだ食材・技法の土着化
 調査の着眼点:交易記録・船主の家・外来の食の痕跡

◆ 城下町——儀礼食・菓子・料亭文化の発達
 調査の着眼点:藩の記録・茶の湯・老舗菓子屋

◆ 農村・漁村——自給と保存の知恵。行事食・共同作業の食
 調査の着眼点:聞き書き・郷土誌・行事の記録

◆ 門前町・鉱山町——参拝客・労働者を支えた食
 調査の着眼点:縁起・社史・飯場の記憶

ここで強調したいのは、掘り当てるべきは「特別なもの」とは限らない、ということである。文化財級の料亭や有名な祭りの御馳走はすでに記録されている。まだ記録されていないのは、家庭の味噌汁の具であり、浜の賄い飯であり、農作業の合間の漬物である。地元の人には当たり前すぎて語る価値があると思われていないもの——これを発掘するには、しばしば外部の目が要る。よそ者が「これは何ですか」と驚くものこそ、そのまちの食文化の鉱脈である。

▶実務のポイント
高齢者への聞き書きは、最優先の文化財保護である。昭和の食卓を語れる世代の記憶は、10年後には聞けなくなる。資源調査で最初に予算をつけるべきはここだ。

2-4 郷土料理という資本——Regional Food Capital

では、掘り起こした食文化を、政策はどう扱えばよいのか。従来の扱いは2通りしかなかった。1つは観光素材——パンフレットの1ページとして「使う」扱い。もう1つは保護対象——無形民俗文化財として「守る」扱い。前者は使い減らしを招き、後者は標本化を招く。どちらも、食文化が生きて増える可能性を見ていない。

本書は第3の扱いを提案する。資本として捉えることである。資本とは、運用すれば価値を生み、生んだ価値を再投資すれば増えていくものを指す。地域が保有する食の文化的蓄積——レシピ、技術、在来の種、物語、景観、そして担い手——を運用可能な資本として捉えた概念を、本書は Regional Food Capital(地域食資本) と呼ぶ。

この資本には、通常の資本と異なる性質が3つある。

  1. 使っても減らない。それどころか、使うほど強くなる。作られ続け、食べられ続ける郷土料理だけが技術と味を保って生き残る

  2. しかし放置すると消える。継承が止まった瞬間から資本は毀損し始め、最後の作り手の死とともに消滅する

  3. 運用には投資が要る。記録、教育、担い手の支援——投資なき「活用」は資本の食い潰しである。観光向けに見栄えだけを切り取って中身を作り替える行為は、その典型だ

運用の回路はこう描ける。

記録(棚卸し)→ 継承(教育・伝承)→ 表現(料理人による再解釈)→ 交換(来訪者・商品・体験)→ 再投資(収益と誇りが次の継承を支える)

この回路が回っているとき、郷土料理は守られながら増える資本になる。回路の経済学的な全体像は、第Ⅴ部「Narrative Economy」の章で詳述する。

▶実務のポイント
庁内では「守る」予算(文化財・教育)と「売る」予算(観光・商工)が別の課にある。資本と捉え直せば、記録・継承・活用は1つの運用サイクルであり、一体の事業として設計できる。縦割りを越える理屈として使ってほしい。

本章のまとめ

食文化の価値は、料理そのものではなく、文脈(2-1)・風土(2-2)・歴史の地層(2-3)に宿る。そしてそれは、観光素材でも標本でもなく、運用できる資本(2-4)である。「何があるか」を数えるまちから、「なぜ、ここで」を語れるまちへ——それが食文化を価値に変える第一歩である。


参考文献(第2章)

  • 和辻哲郎『風土——人間学的考察』岩波書店、1935

  • Amy B. Trubek, The Taste of Place: A Cultural Journey into Terroir, University of California Press, 2008——テロワール概念の文化研究

  • 『聞き書 日本の食生活全集』全50巻、農山漁村文化協会、1984〜1993——家庭の食の聞き書き記録の金字塔

  • フランス原産地統制呼称(AOC)制度・INAO関連資料

  • ※Regional Food Capital(地域食資本)は本書のオリジナル概念です


次回予告 第5回「ナラティブとは何か——物語はなぜ地域を動かすのか」(7月24日・金曜配信)。ここから第Ⅱ部・ナラティブ編に入ります。ストーリーとナラティブの違い、人が物語に動かされる理由。

この連載について 教科書『美食都市学』全24章を毎週水曜・金曜に配信します。連載をまとめた買い切りマガジン「美食都市の教科書」全編は有料での販売を予定しています。

一般社団法人美食都市研究会

https://www.gastronomy-city.org/


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