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すぐに転ぶポスト

手紙を書くのが好きだ。文通相手は幸い何人かいて、毎日誰かに手紙を書いている。今日は二通、手紙を出そうと家の前のポストへ向かった。
ポストに手紙を投函して、安心と不安をどちらも抱えた。

このポストが困りもので、すぐに転ぶのだ。言葉の綾でも、比喩でもなく、転ぶのだ。その赤色は恥ずかしさからくるのかと思ってしまうほど派手に転ぶのだ。
ある日私は、ポストに言った。
「強く地面に打ち付けてもらえば転ばなくて済むんじゃないか」
ポストは何も言わなかった。しかし次の日ポストの頭が少し凹んでいた。そういえばほんの少し縮んだ気がしなくもない。
それでもまだ転ぶポストに言った。
「もっと強く地面に打ち付けてもらえば転ばなくて済むんじゃないか」
そこからポストはどんどん背が低くなった。足部分がどんどん地面にめり込んでいくのだから当たり前である。頭の凹みも日に日に大きくなった。
そしてとうとうポストは、地面から四角い箱の部分がが出ているのみになった。ここまでくるとさすがに転ばなくなった。べこべこに凹んだポストを見て、少し罪悪感が湧いた。
ただ、ポストが転ぶとせっかく入れた手紙がこぼれて面倒だったので、いちいち確認しなくても良くなった喜びで小さな罪悪感など上書きされて消えた。

手紙を書くことが退屈になったのはそれからほんの少し後だった。
理由は明確だった。ポストが転ばなくなったからだ。楽になるというのは嬉しいだけではないことに気付いた。
手紙がこぼれていないか確認するついでにやっていたことが私にはあまりに多すぎたのだ。ポストを見にいくついでに、買い物に行こう、郵便受けを見にいこう、花に水をやろう、書き出したらきりがない。
確かに元々手紙を書くことは好きだったが、手紙がこれほどまでに生活の中に根付いたのは、転ぶポストが家の前にあったからだったことにその時初めて気づいたのである。
不出来だと思っていたし、普通でいいと思っていたのに、少々ドジすぎる人間のようなポストのことをいつの間にか好きになっていたのだ。
ただの四角い箱になったあの日から、ポストはただ静かにそこにある物体になってしまった。さほど日にちは経っていないのに、色褪せた様にさえ感じる。
もともとただの無機物だ。転ぶという特徴があっただけで。それでも私の中であのポストは生きていたのだ。そして、ほんのちょっと自分が楽したいという気持ちから放った言葉で、私はポストを殺したのだ。
取り返しのつかないことをしてしまった。完全に自業自得だった。地面にしっかりと刺さった足はもう抜けなかった。
誰かとこの寂しさを辛さを共有したかったけれど、このポストは私だったから転んでいたことには気付いていた。相思相愛だったと書くのは自意識過剰ではないと思う。これまでの時間は私とポスト、たった二人の秘密の思い出だったのだ。

こちらの事情など知らない友人との文通をやめるわけにもいかず、今日もまた手紙を書く。
手紙を書くのが好きだった。文通相手は幸い今もいて、毎日誰かに手紙を書いている。今日は一通、手紙を出そうと家の前のポストへ向かった。
ポストに手紙を投函して、安心した。もう手紙はこぼれないから。
ポストに手紙を投函して、また少し、泣いた。

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