ぱちぱちクラゲ
水族館で一番惹かれるのはいつもクラゲだった。
クラゲとの思い出は海で刺された痛い記憶しかないけれど、水族館で美しい照明の中を浮かぶクラゲ達が地味に嫌な思い出を徐々に和らげてくれた。
じっとクラゲを眺めているうちにクラゲが飼いたくなった。
本当はメンダコが飼いたかったけれど、深海の生き物だし飼育が難しいと知って諦めた。
クラゲも難しいみたいだけど、がんばれば飼育できると知って勢いに任せて水槽やエサ、そのほか調べた限り必要なものを揃えた。
クラゲは小さい水槽では飼いづらいと思って大きな水槽を買った。
海の近くに住んでいたから海水には困らなかった。
なんなら育てるクラゲすら集められそうだったけれど、私には前から飼いたいクラゲがいたから止めた。
どの子にしようか悩んで悩んで悩みつくして、もはやどの種類でもいい気がしてきたときに、ぱちぱちクラゲに出会った。
オンラインショップではなく、近所のペットショップにいた。
ぱちぱちクラゲは夜のパレードのように色鮮やかに光るだけではなく、焚火のようにぱちぱちと音が鳴るクラゲだ。
しかも焚火のように時々火花(のように見える)が散るのだ。
飼育環境にはかなり投資したけれど、色鮮やかな光と小さな火花をみるために照明は必要最低限にした。
そしてついに、ぱちぱちクラゲを家に迎えた。
ありきたりな「ぱっちゃん」という名前を付けた。
これからぱっちゃんとの暮らしが始まると思うとわくわくした。
自分で調べたり有識者に聞いた情報のおかげで、家に着いて水槽に入れた段階ではとても上機嫌に見えた。
クラゲには脳がないけれど、確かにうれしそうだったのだ。
ぱっちゃんとの暮らしは最高の一言だった。
緩やかながらピカピカと様々な色に変化する体、焚火のような音、そして火花。
寝るときには良い睡眠導入剤になったし、少し落ち込んだ時にも心を癒してくれた。
わずかな困りごとは、ずっと眺めていられるから時間が溶けすぎることくらいだった。
ずっとみていても飽きることなんてなくて、毎日毎日、時折話しかけながら、ぱっちゃんと過ごした。
私がクラゲを飼っていることを知っている人達から共感は得られなかったけれど、なんとなく体が光る色に感情が滲んでいるように感じていた。
私が落ち込んでいると体がやさしく青に光った。
のんびりいこうよと言ってくれている気がしたし、ぱちぱち音も心なしか優しく聞こえた。
私にとっては、大切な家族だった。
生き物を買うということは別れが来るということだ。
ぱっちゃんはクラゲにしては少し長い1年半で亡くなってしまった。
悲しかったけれど、こればっかりはどうしようもなかった。
ぱっちゃんを海に還した。
きっと新しい命に繋がっていくだろう。
またぱちぱちクラゲを飼おうと思ってペットショップへ行った。
しかし、私はもうぱちぱちクラゲが飼えないと気が付いた。
どの子の音も、私が好きだったぱっちゃんの音ではなかった。
ぱちぱち音がはみんなそれぞれ違うから、ぱっちゃんの音はもう聞けない。
それでも私の記憶の中ではぱっちゃんの音が鳴っている。
違うクラゲを飼おうと思う。
またいつかぱっちゃんの生まれ変わりがいたら、そのときは絶対気付くから、「また私のもとへ帰ってきてくれますように」と祈りながら。
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