女性研究者のハンディキャップが支援対象の条件となる
子育て中の若手女性研究者を対象に、助成金を支給する事業があると知ったのは、7-8年前だったと思う。住友生命が主催する「スミセイ未来を強くする子育てプロジェクト」による「女性研究者への支援」事業である。この事業は、未就学児をもつ女性研究者を対象に、研究環境や生活環境を維持・継続するための助成金を支給している。つまり、幼い子供を抱えながら研究を続けようと奮闘する若い女性研究者を支援するという意図によっている。この事業が始まったのは2007年というから、すでに約20年の実績があることになる。
私が大学院の博士後期課程の学生で大学での研究職を探していたのは、1980年代後半で、かれこれ40年も前のことである。当時は「女性であること」に加えて「未就学児の育児の真っ最中」という条件が重なった場合、大学での就職はほぼ門前払いの扱いだった。まさに、時代が変わったと感じる。
幸い私は1980年代の終わりに、大学の研究所の助手として就職することができた。その時、私は30歳になっていた。女性ということだけで、大学に就職するハードルが高かった当時、もし私が子育て中であったならば、採用されることはなかったと思う。「子なしの女性」なので、男性と同じように研究に専念できると判断され受け入れてもらえたのだと今でも考えている。
先日、ある大学の女性教員と話す機会があった。つい話し込んでしまうのは、大学という職場で、女性ならではの苦労を理解してくれる話し相手が貴重だからである。彼女は50代半ばで、3人の子供を持つツワモノである。私の周辺で子供のいる女性研究者は増えているが、子供は大体が一人っ子で、多くても2人である。知り合いの中で、3人の子育てをしながら、研究を続けてきたのは彼女だけである。彼女のたくましさには脱帽する。今から約20年前の2000年代中頃~後半に、彼女は第一子と第二子を出産している。第一子の出産は、大学の研究所の研究員として就職して間もない時期だったという。
「妊娠がわかった時の周りの先生方の反応はどうだった?」と私。「第一子のときも第二子の時も冷たかった。白い目で見られた。」という彼女。「第一子を出産する前に、きつい仕事を産休明けにするように割り振られた」とのこと。現在では、女性研究者が、妊娠出産することは当たり前のことと受け止められている。しかし、今から20年ほど前の大学では、出産で職場を一時的に離れ、復帰後も幼い子供を抱えて研究を続けようとする女性は、歓迎されていなかったようである。
私は、子育て中の女性研究者を排除していた時代の大学と、その制約が取り払われた現在の大学の両方を知っている。もちろん、大学によって、あるいは研究分野によって子供のいる女性研究者に対する姿勢は異なっていたと思う。何より、ずば抜けて優秀な女性であれば、子供の有無に関係なく、大学でキャリアを積むことに何の支障もなかっただろう。以下は、1980年代の終わりから2020年代前半までの30数年間を、大学で働いてきた私の個人的な感想である。
子供のいる女性研究者が大学に受け入れられるようになって、何が変わったか。私は、大学が採用のハードルを下げて、教育や研究に対する姿勢が「ゆるい」人材を受け入れるようになったと感じている。子育て中の女性はとにかく多忙である。仕事のやり方が雑になるのはやむを得ない。
教育や研究は、目標の設定をいくらでも引き上げられる領域である。「もう少し手を入れたら、もっと良くなるのではないか」という思いに駆られて、ずるずると時間と手間をかけた経験が私には何度もある。どこかで見切りをつけて、終わらせないといけないのである。
ところで大学での学期末の定期試験では、教員は、他の教員が担当する授業の試験監督の応援に入る。その際に、私が関心を持つのは「この先生は、一体、どんな問題を出題しているのだろう」という点である。他の先生が、どのような試験問題で成績評価を行っているのかを確認して、教師としての自分を律するための基準とするのである。
私は、二人の子供を子育てする女性教員の試験監督の補助に入ったことがある。試験問題は、随分と簡単な設問である。授業を受講していなくても、学生の常識の範囲内で、解答できるようなレベルであった。しかも、穴埋め式の出題である。問題文の中に空欄があり、その空欄に適切な用語を記入するだけで、解答が完結する。受講生たちは「楽勝!」と思ったに違いない。採点する側にとっても、穴埋め問題は採点に時間がかからず、非常に楽な出題形式である。
この定期試験の問題は、あまりにも簡単すぎたのであろう。受講生たちは、試験時間60分の終了を待たずに、ほぼ全員が退室してしまった。60分をかけて、解答するような水準のテストではなかったということである。
私は大学での定期試験では、必ず小論文形式の問題を入れるようにしてきた。社会科学の分野では、学生の論理性や思考能力を問うことが必須だと考えているからである。ただし、小論文形式問題の採点は、受講生が数百人の大規模クラスになると、とにかく時間がかかる。加えて、公平な採点を心がけるため神経をすり減らす作業となる。
私は大学に就職した時から、最高学府の教員として、高みを目指して教育や研究に携わることを心がけてきた。そんな私からすると、先の定期試験の事例は、拍子抜けするほど手抜きの仕事ぶりだった。子育てで忙しい女性は、安直な方法に頼って、仕事と向き合わざるをえないのだ。私には、彼女のような生き方は選択できないと感じた。
2018年にある医学系の私立大学において、女子学生の入学者数を抑制するために、入試操作を行って女性の受験者を不当に扱っていたという事実が発覚した。これが明るみになった時、私には、緊急性の高い医療現場で忙しく働く男性医師の本音が手に取るように理解できた。人の命を預かる医師に求められるのは、いつでも駆け付けることができるということだろう。出産や子育てという理由でいつ休職・離職するのかわからない女性医師が増えると、大学病院での業務が回らなくなるのだ。子育てで忙しいからと言って、医師が手を抜くことは許されない行為である。大学病院に勤務する女性医師を増やしたくないという大学側の言い分は、至極まっとうだと思う。
私が以前、勤務していた大学でも、この数年間で、新たに女性教員が3名採用されたと聞いた。うち2名は、幼い子供の子育て中の若い女性である。大学で学ぶ女子学生にとって、自分のロール・モデルとなる先輩女性の存在は貴重に違いない。一方の私は、自分の体験を振り返り、ただただ大学の変容ぶりに驚くばかりである。
