第12回 初めての修士論文-「これって報告書ですか?」と言われた日―コーヒー屋の僕が、大学院に3回行くことになった理由―

平日は仕事、夜は大学院。土曜日も授業。

そんな生活を続けながら、M2(修士2年目)の後期を迎えた。いよいよ大学院生活最大の山場、「修士論文(以下、修論)」の執筆が始まったのである。

そもそも大学院は、「学びの場」というより、「研究する場」だった。

修論とは、2年間の研究成果をまとめる集大成であり、

・研究テーマを決める
・先行研究を調査する
・問いを立てる
・調査・実験を行う
・分析・考察する
・論文としてまとめる

というプロセスを経て完成する。

しかし当時の僕は、そんな“研究のお作法”をほとんど理解していなかった。

入学時に提出した研究テーマは、社会課題解決企業の認証制度「Bコープ」に関する研究だった。ところが、研究を進める中でテーマが定まらない。

結果、

「なぜ運動は習慣化されないのか?」

というテーマに変わり、さらに、

「アウトドアを活用したフィットネスは、運動習慣化に有効なのか?」

という研究テーマへ大きく方向転換した。

しかも、M2の夏だった。

遅すぎるのである。

ただ、背景には理由があった。当時、友人が神奈川県葉山町で立ち上げたアウトドア型フィットネスクラブが注目され始めていた。僕自身もPRの手伝いをしていたこともあり、

「研究にもなるし、事業にも役立つ。一石二鳥じゃないか。」

と考えたのである。

当時の研究中間発表

今振り返ると、この時点で既に、“研究”と“実践”が混ざり始めていた。

当然ながら、論文執筆は全く進まない。

先行研究を読むことにも慣れていない。論文の構造も分からない。とにかく、「まずは書いてみよう」という勢いだけで進めていた。

当時の僕は、本気でこう考えていた。

「図とか表をたくさん入れた方が、分かりやすいよね。」

今思えば、完全にページ数稼ぎである。

修論は通常100ページ前後になる。しかし、文字を書いても書いても、研究になっている感覚がなかった。

11月を迎えた。

焦りだけが強くなっていく。

「とにかく前に進めないと。」

そう思い、クラブのプログラム内容や活動説明を書き始めた。しかし、本来書くべきは、“紹介”ではなく、“分析”だったのである。

そして12月。

提出まで残り約2ヶ月。

当初は、AとB、2つのクラブでインタビュー調査を実施し、比較分析を行う予定だった。

ところが、12月中旬。Bクラブのマネージャーから連絡が入る。

「すいません。現場が忙しくて、今回はインタビュー対応できません。」

「ええええええ……。」

完全に計画が崩れた。

交渉したが、「できないものはできない」の一点張り。結局、Aクラブのみでインタビュー調査を実施することになった。

調査を終えたのは、12月末。

世間は年末年始に突入していた。

しかし僕は、大晦日も、正月三ヶ日も、日吉キャンパスにいた。

誰もいない研究室。ホワイトボードを前に、一人で研究構造を整理する。


当時の研究分析その1
当時の研究分析その2

先輩たちにも助けてもらいながら、なんとか1月中旬には100ページを超えた。

レベルはともかく、“形”にはなってきた。

そんな頃、とある博士の方に、執筆中の修論を見てもらった。

パラパラとページをめくり、しばらく沈黙した後、その方は静かにこう言った。

「これって報告書ですか?」

頭が真っ白になった。

「ち、違います。修論です。」

そう返したものの、それ以上、何も言い返せなかった。

なぜなら、自分でも薄々気づいていたからである。

僕が書いていたものは、“研究”ではなく、“活動報告”に近かった。

・なぜその問いが重要なのか
・先行研究と何が違うのか
・どんな仮説を持っていたのか
・なぜその方法で検証できるのか
・結果から何が言えるのか

そうした“研究としての骨格”が弱かったのである。

当時の僕は、

「良い事業活動は、良い研究になる」

と、どこかで思っていた。しかし実際には違った。

研究とは、“体験を書くこと”ではなく、“問いを客観的に検証すること”だったのである。

そこから提出ギリギリまで修正を繰り返した。

そして2月初旬。最終審査。

教授陣の前で研究発表を行う公聴会が待っていた。

発表資料づくりは徹夜だった。

一度自宅に戻り仮眠を取り、再び日吉キャンパスへ向かう。そして、なんとか最終発表を終えた。

結果、修論は合格

2019年 慶應SDM10期 卒業式

2019年3月。無事、慶應SDM修士課程を修了することができた。

ただ、苦しみながら書き上げた修論だったが、正直、全く納得できていなかった。

「もっとできたはずだった。」

そんな悔しさが、ずっと残っていた。

しかし、その悔しさこそが、次の挑戦へ繋がっていく。

気づけば僕は、再び大学院へ進学することになるのである。











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