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唐招提寺に宿る不屈の焔 ― 鑑真和上が遺した揺るがぬ覚悟

青い炎に導かれて、
鑑真和上が唐招提寺に遺した覚悟


この世には、ただ明るく照らす「炎」とは一線を画す、特別な火があります。

それは『焔』

「火」でもなく「炎」でもなく、
「焔(ほむら)」。
私は、この言葉がとても好きです。

人の奥底で、静かに、しかし燃え続ける情念の気配があるから。

焔=情念 × 意志 × 寂静

静寂の中でこそ激しく燃える、
青い炎のようなもの。

そして、その焔を最も純粋な形で見せてくれる場所が、奈良の唐招提寺です。

鑑真和上が1300年前に灯した火は、
今もなお、寺の奥でゆっくりと息をしている。
「焔」の如き情熱。
そして、一度も折れなかった覚悟がこの場所に刻まれています。

凪のような静寂の下に、情熱を忍ばせる。
私は、そういう秘めたる情念につくづく惹かれます。
今回は、私の大好きな唐招提寺について書こうと思います。
なぜなら、この寺には私の好きな「焔」があるから。


1. 1300年の呼吸を、肌で感じる

唐招提寺は、どこか不思議な場所です。
法隆寺や法起寺といった、名だたる古刹と並ぶ長い歴史を持ちながら、
一人の人間の「体温」が残っている気がするのです。唐招提寺は他の寺より「個の魂」の気配を強く感じます。

唐招提寺とは唐から来た教えを
招提(修行と戒律の場)としてこの地に根づかせるための寺という意味があります。
南大門
唐招提寺を訪れた人が最初にくぐる正門。
昭和35年(1960)に天平様式で再建された。
現存する奈良時代金堂

唯一、奈良時代の金堂が当時の姿で残っている

天平建築の完成形、どこかオリエンタルな趣きなのも特徴のひとつ。


この寺を建てたのは、唐から命懸けでやってきた鑑真和上。
当時の日本では、戒律を授ける儀式は行われていたものの、正規の戒壇制度は未整備でした。

唐招提寺は、鑑真によって、日本に正統な戒律を定着させるための戒律仏教の教育・実践拠点として創建された寺院です。

鑑真和上は六度の渡航に挑み、五度失敗した。
その過程で多くの弟子を失い、自身も失明している。

それでも、彼は歩みを止めなかった。
成功のためでも、評価のためでもない。
ただ、「為すべきことを為す」という一点において。
その執念の残滓みたいなものが、伽藍の奥に漂っている。

鑑真和上坐像(国宝)
奈良時代制作。鑑真の実像を写したとされる、
日本最古級の肖像彫刻。

日本へ渡った最大の目的は、正統な戒律制度を日本に根づかせることでした。

「聖者の理想像」ではなく、
意志を貫いた一人の人間の肖像です。
唐招提寺の戒壇
僧が正式に戒律を受け、仏弟子として立つための
制度的・儀礼的中枢です。

戒壇とは本来、仏教において受戒(じゅかい)を
行うために設けられた特別な場所を指す。


⒉燃える意志と揺らがない覚悟

唐招提寺を歩くと、凛とした「静寂」と、内側に秘められた「熱量」が共存していることに気づかされます。
それは、
焔の如き情熱と揺らぐことのない覚悟。

この対比が唐招提寺という寺の根源に在る。

鑑真和上亡き後、傾きかけた寺を建て直したのは如宝や弟子達の不屈の意志によって今の唐招提寺があります。
師が灯した「焔」を、弟子たちが「覚悟」として受け取った。長い寺の歴史には乗り越えた苦難が刻まています。

天平の時代から時が止まったような緑豊かな境内を歩くと「人の意志が積み重なった時間」が、そのまま残っている。
そんな気がしてならない

鼓楼(ころう/国宝)
鎌倉時代に建立された二層の楼閣。
金堂と講堂の間、東側に位置し、かつては時を告げるために用いられた建物です。
堂内の厨子には金亀舎利塔がおさめられている。
金亀舎利塔(きんきしゃりとう/国宝)
南北朝時代の作で、鑑真和上が唐より請来した仏舎利を納める舎利塔。
亀の背に宝塔を載せた姿は、荒波を越えて仏法が伝えられた故事に由来します。
鑑真和上がこの地で最初に整えたのが講堂です。現在の唐招提寺講堂は、もとは平城宮の建物である
東朝集殿を移築したものとされている

まず必要だったのは、金堂ではなく、
戒を授け、修行を始めるための場でした。
唐招提寺金堂は、現存する唯一の奈良時代の金堂建築として知られている。

その建立は8世紀後半と考えられており、
天平文化後期の建築様式を色濃く伝える、
きわめて貴重な遺構です

金堂の建立時期は、鑑真が天平宝字7年(763)に
入滅した後に位置づけられ、その本格的な造営は、
鑑真没後に進められたと考えられています。

造営を主導したのは、鑑真の高弟である如宝。
金堂は、鑑真個人の活動ではなく、
その教えを継承した弟子たちの集団的意志に
よって完成された建築です。
唐招提寺金堂の本尊は、中央に坐す盧舎那仏坐像。
向かって右に薬師如来立像、
左に千手観音立像が並ぶ三尊形式で、
いずれも奈良時代に造られた国宝です。

⒊そして、鑑真和上が眠る御廟へ

唐招提寺は、鑑真という一人の人間の人生が「終焉」を迎え、今もなお眠り続けている場所です。
寺のいちばん奥、鑑真和上が眠る御廟へと続く道があります。
そこは、境内の他の場所とはまた違う、特別な空気が流れる場所。
その気配は、もはや宗教という枠を超えた宇宙的な静寂です。

寺の奥に眠る鑑真和上の御廟へ、
美しく苔むした木々が並ぶ
真っ直ぐ続く沈黙の回廊
鑑真和上 の御廟

鑑真和上は天平宝字7年(763)に入滅。
その遺骸は、亡くなって三日後に火葬されたと伝えられています。

その遺徳を偲び、静かな林の中に設けられている。
ここは、唐招提寺の中でも、特別な場所です。

鑑真和上の焔と覚悟は時間を超えて
今も受け継がれています。


御廟は境内とは違う独特の気が満ちている。
この場所に鑑真和上を感じることが出来る。

小さな門扉をくぐると、そこは静謐なる空間、
影さえも静けさをたたえる。
長い沈黙の回廊の先に御廟が迎えてくれる。

不思議と、鑑真和上と静かに言葉を交わしているような、穏やかで濃密な時間が流れます。

ここは、優しそうな顔をして慰めてくれる場所ではありません。
けれど、自分の人生に対して、まっすぐに向き合わせてくれる場所です。

閉じられたまぶたの奥に、長い旅路の記憶が
静かに沈んでいるように見える。
私にとって鑑真は、遠い聖人というより、
懸命に生きた生身の人です。
この像からは、同じ時代を生きる私たちと通じる温度が伝わってくる。


⒋唐招提寺に立てば、不屈の焔に自然と触れる

唐招提寺には鑑真和上が1300年前に灯した火が今もなお、寺の奥でゆっくりと息をしている。
その焔に触れた瞬間、人は、自分の内側にも小さな火があることに気づく。

鑑真和上の生き様に心が揺れるなら、
それは、あなたの中にも、同じ「焔」があるからなのだと思います。

自分の心に小さな火が灯っていることに気づいたら、あとは、それを大切に育てていくだけ。
一度や二度の嵐に消されるような火ではなく、静かに、けれど芯の強い「焔」を。

五度の失敗、失明、仲間の別れ。
そのすべてを抱えてなお、
青く燃え続けた鑑真和上の焔。
使命とは、飾りや言葉で語るものではなく、燃え続けるものかもしれません。

何かに立ち止まりたくなったとき、
私は唐招提寺の懐に飛び込みたくなります。
1300年という長い時間の流れに身を任せ、
自分の中の「焔」を確かめるために。

もし、あなたが地に足をつけ、揺るぎない覚悟を決めたいと願うとき、唐招提寺はいつでも、その「不滅の火」をあなたに分かち合ってくれるはずです。

鑑真和上は今もこの場所で、
静かに待っている気がするから。


最期までお読みいただき、
ありがとうございます😊

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