宇宙郵便局の配達員:消えない手紙と待合室
この時代、手紙は読むものではなく、
胸に流し込むものになっていた。
触れた瞬間に意味は届き、
紙は役目を終えて静かに消える。
残らないことが正しく、
立ち止まらないことがやさしさ、と呼ばれた。
速く、軽く、未来へ進むために。
「よし。しゅっぱつ」
わたしは宇宙郵便局で働く配達員、にゃこ。
今日の仕事は、第9雲地区への配達だ。
愛車のUFOを走らせ、
空を行き交う飛行機に、
ちょっと前を失礼とベルを鳴らす。
チリン、チリン。
やがて見えてきたのは、
桃色の綿菓子をちぎったような「第9雲地区」。
目的地は、そこにある『ながれ雲クリニック』だ。
愛車からおりると、
足元は想像以上の柔らかさだった。
わたしは鞄から、
笹の葉でできた、
靴のソリを取り出し、履き替えた。
これならアメンボのように、
雲の表面をスイスイと滑って進める。
クリニックの待合室に入ると、
そこには不思議な時間が流れていた。
本を捲る(めくる)人
深い眠りに落ちている人、
最新のコンピュータに耽る(ふける)人
効率を追い求める下界とは違い、
誰もが雲の上の待合室らしく、おのおの過ごしていた。
わたしは受付のライに声をかけた。
「ルクさんという方を探しているんですけど」
「あぁ、来ていますよ。今呼びますね」
ライはそう言って、待合室の一角をじっと見つめた。
ロックオン。
「ルクさーん! お手紙です、よぉー!」
優しい声とは裏腹に、
彼女が左手を振り下ろした瞬間、
指先から青白い雷が放たれた。
雷は狙い違わず、居眠りしていた、
一人の男性に命中する。
「あわわ……っ!」
光の束に包まれ、
驚きで目を丸くしている男性の体がふわふわと浮き上がり、
そのまま受付まで運ばれてきた。
「ライちゃん、びっくりするよ……」
「お手紙でございます〜」

ライが茶目っ気たっぷりに言う。
驚きで固まっていたわたしも、
慌てて鞄から手紙を取り出し、
運ばれてきたルクさんに差し出した。
ルクさんはそれを、習慣通りに胸へと当てた。
……けれど。
手紙は消えなかった。
今の文明なら、
胸に当てた瞬間に内容は脳へ流れ込み、
媒体である紙は役目を終えて粒子になるはずだ。
なのに、その紙はルクさんの手の中に、
確かな重さを持って留まっている。
「あれ? 頭に入らないし、消えないな……」
戸惑う彼を見て、
わたしは鞄から、
バーコードと、小さな丸い鏡を取り出した。
それは古い形式の手紙を読み解くための道具だ。
ライトを当てると、
紙の上の文字がにじみ出し、
鏡の上に重ねると、
ホログラムの映像がふわっと浮かび上がる。
そこに映し出されたのは、
20年前の、まだ幼いルクさんの姿だった。
『僕は今10歳です。
この手紙が届くのは20年後だから、
僕は30歳になっているんですね。
そちらは、どんな世界になっていますか?
いちごミルクジュースはまだ好きですか?』
幼い彼は、画面の向こうから問いかける。
「これ、昔うちの郵便局でやっていたサービスです」と、
「頭に流し込むだけじゃ味気ないから、
大事な気持ちを映像で残そう……って、いうキャンペーン。
まさか、20年後に送っていた人がいたなんて」
わたしは記憶の中のマニュアルを開いて、答えた。
「そういえば……そんなこと、したっけな。
子供の頃の方が、今の僕よりしっかりしてるや」
ルクさんは、照れくさそうに、映像を見つめている。
「で、どうなんですか?」
ライがニヤニヤしながら身を乗り出す。
「10歳のルクさんから質問が来てますよ。
今もイチゴミルク、好きなんですか?」
ルクさんの答えを聞きたかったけれど、
次の配達が待っている。
わたしは二人に別れを告げ、
再びUFOに乗り込んだ。
ー完ー
みかんさんの企画に参加させていただきました。
ありがとうございます。
