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考えることをやめられないすべての人類(とも)へ

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「思索は、名乗れるものではなく、ただ続けるものかもしれない。」

こんにちは。私はThink民。 若くて、特別な経験も、誇れる実績もない小市民です。 それでも、考えることが好きで好きでたまらない。

私たちの思考は、生まれ落ちた環境や、生物としての制約によって制限されているかもしれない。 でも、そんなちっぽけな人間のありように、私は胸を熱くせざるを得ないのです。

考えることは、誰にでも開かれた営みだと思っています。 身の回りにある何気ないものや出来事、日々のすれ違い、SNSで流れていくニュースのひとつ。そんな些細なところにこそ、ひとつの問いが生まれる余地がある。私は、その小さな問いのかけらを、日々拾い集めては記録しています。

問いを生み、育てることは、そのこと自体が楽しいだけではありません。 それは、何かにしがみつくことも、ただ流されることもない—— そんな混沌とした、それでいて力強い羅針盤を、私たちに与えてくれるのです。

このnoteでは、特定の結論を押しつけることはしません。 私はあくまで、自分の見ている風景を差し出すだけ。 それが、読んでくださったあなたの中に、別の問いを生むことを願っています。

最初のシリーズでは、「道具」をテーマに書いていきます。

なぜ道具なのか? それは、あまりにも身近で、だからこそ見過ごされがちな存在だからです。 スマホやキーボードのようなわかりやすい道具から、言葉や時間の使い方まで。 道具は私たちの生活に深く浸透し、ときに思考や行動のかたちすら決めてしまう。そして道具はあらゆる学問、生活領域と密接にかかわる議論でもあります。

この「当たり前の風景」に、ほんの少しの問いを投げかけてみる。 それだけで、私たちの世界の見え方が少し変わるかもしれない——そう思ったのです。 なぜ人は道具を作り、使うのか? 私たちは道具を“使っている”つもりで、逆に“使われて”はいないか? 道具に支配される生活の中で、それでも私たちにできる「選びなおし」はあるのか?

そんな問いとともに、Think民のnote、はじまります。

読んでくれてありがとう。 よかったら、あなたの問いも教えてください。

そして最後に、ひとつだけ—— タイトルに“とも”とつけた意味が、わかりましたか? ここまで読んでくれたあなたならば、きっと、ひとつの解釈にたどり着いてくださったと信じています。


「”私”の世界観」
この記事を読み込ませたChatGPTに出力させたものである。
あまりにも陳腐かもしれないが"私”や”世界観”は幻想なのかもしれない。


シリーズはこちらからどうぞ。

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Think民 最後まで読んでくださった人類(とも)へ 大量の情報と無料で溢れるこの時代に、Think民を見つけてくれたこと、心から嬉しく思います。 チップはさらなる思索のために、全力で使わせていただきます。そして、それ以上の価値をお返しします。 あなたの世界も覗きに行かせてください。