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八日目の蝉

「蝉の命は七日」と昔から言われる。実際にはこれは俗説であり、蝉は幼虫として地中で三年から七年ほどを過ごし、成虫になってからも二週間から一か月ほど生きることが分かっている。それでもなお、「七日の命」と語り継がれてきたのは、盛夏のわずかな間だけ鳴き続け、やがて静かに姿を消していく儚さが、人々の心に深く刻まれてきたからだろう。


その言葉を巧みに題名へと昇華させた作品が、角田光代さんの『八日目の蝉』である。
物語は、不倫相手の子どもを主人公・野々宮希和子が誘拐し、「薫」と名付けて育てながら各地を逃亡するところから始まる。逃亡の末に身を寄せた女性たちだけの共同生活施設「エンジェルホーム」でも正体が知られそうになり、そこで出会った女性の実家を頼って小豆島へ渡る。

小豆島では、穏やかな自然の中で母娘として幸せな日々を送る。しかし、その幸せは長くは続かない。棚田で行われた伝統行事「虫送り」の際に撮影された二人の写真が新聞社の写真コンテストで入賞し、全国紙に掲載されたことで希和子の居場所が判明し、逮捕へと至るのである。

その後、薫は実の両親のもとへ戻るが、成長してからも「本当の母とは誰なのか」という葛藤を抱え続ける。作品は誘拐事件を描くだけではなく、血のつながりと育ての親、母性とは何か、人が生きる意味とは何かを静かに問いかける名作である。


ところで、この物語の大きな転機となる虫送りとは、なんだろうか。
これは田に付く害虫を村の外へ送り出し、五穀豊穣を願う日本古来の農耕儀礼である。村人たちは松明を掲げ、鉦や太鼓を鳴らしながら田のあぜ道を歩き、虫だけでなく疫病や災厄までも村の外へ送り出そうと祈った。地域によっては平安末期の武将・斎藤実盛の人形を担ぎ、その怨霊を鎮める風習も残されている。科学的な害虫駆除というよりも、人の力では及ばない自然に畏敬の念を抱き、豊作を祈る日本人の精神文化が息づく行事なのである。


今年も蝉の季節を迎えた。しかし、近年の夏はあまりにも暑い。かつては朝から夕方まで一日中響いていた蝉の大合唱も、最近では真昼の暑さを避けるように、鳴き声が聞こえるのは早朝と夕暮れだけという日が少なくない。わずかな命を懸命に生きる蝉でさえ、この酷暑には抗えないのかもしれない。

七日の命と言われた蝉は、本当はもっと長く生きる。それでも、その一生は決して長いものではない。朝夕に響く蝉の声を耳にすると、命の儚さと、それでも精いっぱい生きようとする力強さを改めて感じる。暑さの中で静かになった夏だからこそ、一匹一匹の蝉の声が、以前にも増して心に沁みるようである。

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