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大美「日本国宝展」想起

国宝と聞いて、皆さんは何を思い浮かべるだろうか。

文字通り、国の宝、我が国が所有する豪華絢爛な美術品を想像する方は多いだろう。

では、国宝とは誰がどうやって決めているのか、どういった制約のもとに誰が管理しているのか、そもそも、何が何種類あって、普段どこにあるのか…

と、考え出したらきりがないうえに、何より馴染みのない方々には兎にも角にもややこしい。

 大阪万博の開催と連動するように、「国宝」を扱った大規模展覧会が関西の至るところで開催され、日本の文化財を広く知る機会が開かれた。

それに伴い、国宝という言葉を耳にする機会や、国宝についての話題に触れる機会も、普段の日常より多くなったかもしれない。

今回のレビューでは、大阪市立美術館が開催した「日本国宝展」を取り上げる。
これほどの規模の国宝が集結する展覧会としては大阪初、公立美術館初という記念すべき展覧会である。また、大阪市立美術館は2023年から改修工事を行っていた。
約2年半の歳月を経てリニューアルされた環境にて開催される点も魅力の一つであろう。

本展は2025年4月26日(土)~6月15日(日)に開催され、全体として5期に分かれていた。
また、6月15日をもって、大盛況のなか多くの人々に惜しまれつつ、無事閉幕した。
今回のレビューは、この展覧会で印象に残った作品を取り上げつつ、振り返る形で進めていきたい。


まずは展覧会の概要を紹介したい。
日本国宝展という名を冠しているだけあって、本展は全期で135件の国宝を展示するものであり、特集展示や参考出品を除くと、ほぼ全ての展示品が国宝である。
これはどれほどレアな状況だろうか。

同時期に開催されている大規模展覧会と比較してみると、京都国立博物館開催「日本、美のるつぼ展」での国宝件数は18件、奈良国立博物館開催「超国宝展」での国宝件数は112件。

なんと大阪市立美術館がもっとも国宝の件数が多いのである。

日本国宝展は以下のように、大きく四部に分かれている。

第1部 ニッポンの国宝 ―美の歴史をたどる
第2部 おおさかゆかりの国宝 ―大阪の歴史と文化
第3部 日本の美を未来へ ―紡ぐプロジェクト
第4部 特集展示 皇居三の丸尚蔵館収蔵品にみる万博の時代

第1部では、教科書に出てくるようなお馴染みの国宝たちと対面し、日本文化における国宝の立ち位置を確認することができる。そこから、第2部では大阪という土地に着目した国宝の数々に触れ、第3部では、これらの国宝が現在、どういった手段で大切にされているのかを、保存修復という視点から考える。第4部では万博に注目した展示となっている。

主な構成が分かったところで、展示作品について実際に見てみよう。


日本国宝展 会場入り口


1.群鶏図

展示室に入ってまず目に飛び込んでくるのは、絢爛な絵画や屏風の数々である。
日本美術の巨匠たちと副題がつくだけあり、雪舟、尾形光琳、伊藤若冲と、誰でも一度は名前を聞いたことがあるような絵師たちの作品がずらりと並び、初手から贅沢な展示室に胸が躍る。
ここでの展示で個人的に目に留まったのは、伊藤若冲の群鶏図である。
この群鶏図、私は初めて実物を見たのだが、鶏の顔や眼を追いながら鑑賞すると大変面白い。

伊藤若冲《群鶏図》図解 著者作

これは私が簡単に写した図であるが、このように、下の鶏と目が合う形で絵画の中に誘われ、鶏たちの視線の先を追うように①~順に上に上がっていく。画面外にうっかり飛び出してしまいそうになっても大丈夫。⑤の鶏や、緑の線が示すように、辺には画面の中に視線を戻してくれる鶏が配置されている。⑥から頂上の鶏へと昇る青い矢印に沿って行けば分かるように、あえて鶏自身の視線によって頂上へ誘導しないところが野暮ったさを感じさせない。S字を描くように上へと視線を誘うことで、画面の隅々まで目が行き渡る見事な構図だ。

2.火焔型土器

更に歩みを進めると、一気に時代が巻き戻された作品の数々がお目見えする。
その中にどんと構えるのが、火焔型土器である。
個人的に、教科書や書籍の中で何度もその姿を見たものが、急に視界に現れたので驚いた。
グニャグニャと入り組んだ模様と、一件左右対称に見えるが実はそうでもないという、独特な形状はまさに独創性に富んだ美術作品のように思われるが、ここで改めて思い出していただきたいのは、この土器は、本来は美術作品ではなく、道具として生み出されたものであるということだ。(火焔型土器は儀礼用ではないかという説があるが、詳細は不明である。)
とすれば、いつから私たちはこの土器を美術作品として見る眼を持ち始めたのであろう。
実は、美術史に縄文時代が書き加えられたのは、ずいぶん最近のことなのだ。
1952年、『みずゑ』という雑誌の記事に、岡本太郎によって土器が取り上げられてから初めて美術的な考察がされ始め、それ以来、土器に宿る美術的価値が研究されるようになった。
縄文時代に美術のスポットを当てたのは、他でもない岡本太郎なのである。

美術館という空間に、縄文土器が並ぶ状況というのは、なんとも味わい深い。

3.聖衆来迎寺本 六道絵

さらに進むと、古代から中世にかけての仏教美術に関する展示が多数を占める。
アニミズムから宗教へ、信仰の形がくっきりと浮かび始めるのがこの展示室からだ。
538年(552年とする説もある。)に仏教が伝来して以降、日本では様々な形で仏教が発展し、礼拝の対象とされてきた。
いずれも素晴らしい品々であるが、私のおすすめは鎌倉時代の作と伝わる仏教説話画、聖衆来迎寺 六道絵のうち《優婆塞戒経所説念仏功徳》である。
異時同図法表されたこの絵画は上から下へと場面展開していくのだが、一見するとどのような場面を描いているのか分かりづらい作品である。しかし、一つ一つ読み解いていくと、絵師の豊富な教養と高い技術に感嘆する。

まず、仏教説話画とは何か。
これは簡単に説明すると、仏教におけるテキスト(経典や説話、伝説など)を絵画化したものである。
よって、どのようなテキストに基づいて描かれたのかが絵画のストーリーを読み解くポイントになるのだが、反対にテキストを知らないと何が何だか分からない奇怪な絵として目に移ってしまう。
紹介する優婆塞戒経所説念仏功徳もテキストが分かっていなければ何の場面を書いているのか想像し辛いだろう。

優婆塞戒経所説念仏功徳は『優婆塞戒経』という説法書に基づいて描かれている。
そこに書かれている内容はざっとこんなものだ。

「長者の男は、いつもその富に任せて飲み食いに溺れ、自堕落な生活を送っていた。夫の怠惰さを憂いた妻は、夫に鐘の音が聞こえるたびに念仏せよ、とアドバイスをする。程なくして長者は死に、生前の生活ぶりゆえに地獄に堕ちたが、念仏を唱える習慣が身についていたおかげで地獄の責め苦に合う中、念仏を唱える。そのとき地獄の窯が割れ、長者は責め苦から逃れて往生した。」

実際に絵画を見てみると、画面下に窯が割れるシーンが大きく描かれているのが分かるだろう。

六道絵はこの他に2幅出品されており、それぞれ天道、餓鬼道のものである。多様な世界を取り上げて展示していただけるのは、六道絵ファンとして胸が躍る。

4.六道絵巻うち地獄草紙 

個人的に最も楽しみにしていた展示は、この地獄草紙だ。
地獄草紙は六道絵巻と称され、餓鬼草紙、病草紙、地獄草紙、辟邪絵と一連の絵巻物と考えられており、平安時代末期に後白河法皇周辺で成立したといわれている。
後白河法皇は絵巻物コレクターとしての側面があり、様々な絵巻物を作らせていた。コレクションは後白河法皇の崩御後、管理が行き届かなくなり徐々に散逸、現在みられる作品群はその中の一部ということであろう。

地獄草紙はその名の通り、地獄の様子を描いた絵巻物であり、正法念処経に説かれる地獄の様子を典拠(簡単に言えば元ネタ)としている。

今回展示されていたのは四場面であり、その中の《雨炎火石》について紹介したい。
絵巻物に付随する詞書(ことばがき 文字で書かれた説明のこと)を読むと、大体このようなことが書かれている。

「旅人に酒を飲ませて酔わせ、そのすきに窃盗や殺人を働いたものが落ちる地獄。火の石に打たれ、沸騰した河に流される。」


恐ろしすぎる地獄である。
詞書に忠実な画面は地獄の恐ろしさを淡々と説明するような冷酷さがある一方で、絵を見るものに豊かなイメージを与える工夫がなされている。
例えば、この画面は正方形に近い画面が採用されている。画面は左下から右上に向かって対角線を結ぶように二分されており、下面には川に流される亡者の様子が、上面には降り注ぐ火石に打たれる亡者が描かれている。
一見シンプルな画面だが、私はこの画面を見て、昨年秋に京都国立博物館「法然と極楽浄土」展に出品されていた知恩院の《阿弥陀二十五菩薩来迎図》、俗にいう早来迎を想起した。


国宝《阿弥陀二十五菩薩来迎図》京都・知恩院蔵
法然と極楽浄土展 ポストカードから

この作品が早来迎と言われるゆえんは、画面に現れたスピード感であること
は間違いない。図版を見てもらうと分かるように、画面は雨炎火石と同様にほぼ正方形。画面右下の庵に座す往生者(これから亡くなる人)に向かって、左上から対角線を描くように阿弥陀如来がお迎えに来る場面だ。

この絵画は、正方形に対角線を引くような構図が効果的にもたらされたことによって、いち早くお迎えに来てくださる阿弥陀如来が評価された国宝である。

雨炎火石は、この早来迎と共通の構図を持っており、故に飛来する火石の豪速と熱沸河の激流を感じることができるのではないだろうか。
なお、制作年代に関しては早来迎が鎌倉時代の14世紀ごろであり、雨炎火石よりも遅い作品である。

当時の絵師たちが意識してこの効果をもたらしていたのかは定かではないものの、二つの国宝に見えかくれする意外な共通点は実に興味深い。


ここまで、ごく一部ではるが特に印象に残った作品を紹介した。
国宝というぼんやりとしたイメージが、少しでも形になったものとして、読者の方々にお伝えできていたのであれば、これに勝る喜びはない。

国宝は特別な機会でなくとも、ものによってはいつでも見られるものもある。
もし、あなたが日本国宝展を訪れ、大好きな国宝を見つけたのであればぜひもう一度会えるのか調べてみてほしい。もしかすると、いつでも公開されているかもしれない。

日本国宝展には行かなかったが見てみたい国宝がある方、国宝に興味がわいた方も、ぜひ一度調べてみてほしい。案外、すぐに会いに行ける距離にいるかもしれない。

参考として、文化庁が公開している国指定文化財等データベースのページを掲載する。

国指定文化財等データベース

皆様と文化財に、よい出会いがありますように。



おまけ 売店で購入したポストカードと図録



大阪・関西万博開催記念・大阪市立美術館リニューアル記念特別展
「日本国宝展」
2025年(令和7年)4月26日(土)~6月15日(日) 開催期間は終了しました。


二回生 安藤








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