田中みな実と亀梨和也が惹かれ合った理由から見る「ジャニーズシステム」
田中みな実が結婚した。
お相手は、かねてより熱愛が報じれていた亀梨和也だった。
気になるのは、田中の今後である。
興味深い記事を見つけた。
要約すると、亀梨との結婚で、田中は「結局すべてを手に入れた人」となったことで、彼女が多くの女性の共感を呼んだ「完璧を目指しているのに、どこか完璧になり切れない、ちょっと残念な美人」というブランディングが一区切りとなり、今までのような活動が難しくなるではと分析、考察としていた。
とても面白いなとは思ったが、「なるほど」とはならなかった。
考察に至る「前提」が、それでいいのかなと思ったのからだ。
この記事では、亀梨を「誰もが認めるスター」として分析・考察をスタートさせているのだ。
だが私は、亀梨に魅力を感じたことがなく、彼を「誰もが認めるスター」として論を進めていくのは無理があるように感じたからだ。
田中のブランディングの崩壊は、その通りだろう。
だが、私は、「亀梨程度で手を打つ女だったか」と彼女にガッカリしたのだ。
「すべてを手に入れた」どころか、一番、しょうもない選択をしたなと思ったのだ。
でも、ある意味、似たもの同士、お似合いなのかもしれないな、とも思った。
24年春、映画『ミッシング』で、石原さとみが大変な女優になっていたことに遅ればせながら気付き、ちょうど放送されていた彼女の主演ドラマ『Destiny』(テレビ朝日系)を観たのだが、相手役が、この亀梨だった。
石原はやはり素晴らしかった。
だが、亀梨の演技があまりにも軽薄で、相手役として物足りないなととても残念な思いをしたのだ。
ジャニーズが出てきただけで、チャンネルを変えたくなる私(家族も)である。亀梨のドラマなど観たことがなかったが、「やっぱりこの程度だよな」と思った。
(そんな私でも、いい演技をするなと思うジャニーズは何人かいるんですよ。その子が出ている作品は、どんな姿を見せてくれるのか、とても楽しみ。実は意外と公平に見ています)
亀梨は、役としてカメラの前に立てていない。
「アイドル・亀梨和也がこんな役もやってます」
が丸見えなのだ。
視聴者は、画面に映るだけで嬉しいファンばかりではない。
頼むから、ちゃんとやってくれと私は思った。
木村拓哉や松本潤の下位互換というか、そういう印象だった。
亀梨演じる男が、全く魅力的に見えないのに、検事の石原は誠実でしごできの婚約者を捨て、最後、亀梨の元へとはしるのだが、その展開があまりにバカらしく見えた。
男女が惹かれ合うとき、そこに理屈などないのかもしれないが、ドラマとして見たときの納得感がないのは、いただけない。それが許されるなら、ストーリーなど意味がなくなってしまうというものだ。
作品としては石原さとみの無駄遣い以外のなにものでもなかった。
だが、これは亀梨のせいばかりとも言えないなとも思っている。
ジャニーズドラマあるあるなのだが、
連中が演じる主人公が、
「まだ何も成し遂げておらず、何者でもないが、実はすごい才能を秘めている。しかもコミュ症で言葉が荒く、態度はそっけなく、不遇な扱いを受けているが、それには深いわけがあり、実は誰よりも仲間思いの熱いいいやつだということが次第に周囲に理解され、周囲の協力を得て大事を成し遂げる」
みたいなキャラクターにされがちなのだ。
そんな人間が現実にいるかといえば、いるはずがない。
現実では、言葉が荒く、態度も悪いやつなど、ただ嫌われて終わりだ。
しかも、まだ何者でもなく、存在価値を周囲に示せていない。
普通、そんなやつ誰も相手にしないのだ。
だが、ドラマの中では、なぜか人を惹きつける魅力があり、結局、周囲に理解され愛される。
つまり理由もなく「魅力的な人」といキャラクターだ。
そんなご都合主義があるだろうか。
これって、めちゃくちゃチートな存在じゃないか。
こんな主人公がありならば、まだ超能力であってくれた方が納得がいくというものだ。
そんな主人公を本当に魅力的に演じることのできる俳優など、果たしているのだろうか?
私は、いないと思う。
一体、どんな役作りをして、どう演じたらリアリティを持って演じられるというのか。役と真剣に向き合おうとすれば、プロデューサーや脚本家に「おい!」となるはずだ。
では、なんでこんなドラマばかりになるのか。
それは、テレビ界には「ジャニーズシステム」が存在し、彼らをファンが望む「スター」「カリスマ」として扱わなければならないからだ。
スターである彼らならば、そんな役でも、視聴者は「魅力的な主人公」として見てくれるだろうと、テレビ側は思っているし、演じる彼らも、そういう役にもはや疑問も持たないのだ。
そして実際に、多くの視聴者もそんな主人公のキャラクターや存在に、なんの疑問を持たず受け入れている。彼らがスターだという刷り込みが、テレビを超え、社会にまで深く浸透してしまっているのだ。
テレビやジャニーズの「スター」に必要なのは、そんなおかしな常識に疑問を持たず、スターでいられることなのだろうと思う。あるいは、気付きながらスターの役割を演じ続けることができる、図太さ図々しさ。そんなしょうもない「才能」が必要なのだろう。
こんなバカらしいことがあるだろうか。
そういう皮肉を込めた意味で、亀梨が「誰もが認めるスター」というなら分かるが、そうじゃなさそうだ。
彼らの存在が、日本のエンタメの質を下げる害悪だというのは、そういうことだ。
で、田中みな実のことである。
このドラマで亀梨と田中は共演し、交際へと至っているのだ(出会いはその前の雑誌の対談だったと言われている)。
女優としても活動してきた田中だが、その演技は亀梨同様しょうもない。
亀梨と同じように、その役柄として存在しカメラの前に立つことができておらず、
「田中みな実が、こんなこともやってます」
というドヤ顔が丸出しなのだ。
これは、バカ売れした写真集『Sincerely yours…』を見た時にも思った。
そこに写っていたのは、小器用に自然体ふうな表情をして見せる田中の姿でしかなかった。
私は「この程度だったか」とちょっとガッカリした。
そんな田中と亀梨が惹かれあったのは、ある意味、当然だったのかもしれない。
だが、田中は、そこまでバカではないのではと期待していた部分もあった。
週刊誌の記事を書くうえで、彼女の活動をつぶさに観察してきた中で、頭のいい人だなと思うことが何度もあったからだ。
細かな具体例を挙げていたらキリがないので、ここまでにするが、彼女はもうちょっと実のある男を選んでくれるのではと思っていたのだ。
そう、私はとても田中みな実が好きだったのだ。
ちゃんとやろうとしているのに、時折のぞく、女性としての「弱さ」に私の男気スイッチが刺激されていたのだ。田中のブランディングに、完全にやられていたのだ
ということで、厳しいことも言ったが、半分くらいはやっかみだ笑
亀梨は、昨年、ジャニーズ(STARTO ENTERTAINMENT)を辞めた。その決断は支持するが、その後、明らかにテレビで姿を見る機会が減っている。
彼の芸能人としての今後は決して楽な歩みとはならないだろうと思うが、後になって「田中の見る目は確かだった」と言われるよう、どうか頑張ってほしいものだ。
スポーツ番組での謙虚な姿からは、亀梨の本来の人間性もうかがえる。
様々な迷いの中での「スター」であった可能性ももちろんある。だからジャニーズを離れたのかもしれない。
「私の目こそ節穴であった」と思わせてくれたら最高だ。
ご結婚、おめでとうございます。
