■ 社会のリアルと、仕事の本質。#5
「“自分で考えろ”って言われたら、まずこう考える」
社会人になると、必ず一度は言われる言葉があります。
「自分で考えろ」
でもこの言葉、けっこう雑なんですよ。
正直、「いや、考えてるけど正解がわからんのよ……」って思うことも多い。
じゃあ、どうすればいいのか?
俺の中でこの言葉の翻訳はこうです。
「相手(上司・顧客・チーム)が、
いま何に困ってて、何を求めてるかを先に想像して動いてみてくれ」
つまり、“何が問題か”と“どうなれば助かるか”を見つけに行くこと。
それが「自分で考える」ってことの本質です。
たとえば上司に「午後の打合せの準備、頼むな」とだけ言われたとき、
何を準備するか、資料なのか、参加者リストか、場所か……全部曖昧。
このとき、
打合せの目的は何か?
誰が参加するのか?
何を決める場なのか?
を逆算していくと、自然に**「これとこれを整えとけば助かるよな」**って発想になる。
ここで重要なのは、完璧な正解を出そうとしないこと。
むしろ、「相手の困りごとを先に想像して動けたかどうか」が大事。
ズレたっていい。
それよりも「そこまで考えたんだね」と伝わる方が、はるかに評価される。
逆に、“自分で考えろ”と言われたあとに
「何すればいいですか?」と聞き返してばかりいると、
「考えてない」と思われてしまう。
これは能力の問題じゃない。
思考の姿勢が見えるかどうかで、印象が変わるんです。
#まとめ
「自分で考えろ」は、「何が問題で、何を求められているか」を想像してみて、という意味
大事なのは正解を出すことじゃなく、相手の立場を想像して行動すること
たとえズレていても、“考えた痕跡”は必ず伝わる
思考停止で質問するより、仮説ベースで動く姿勢が、評価を大きく左右する
