【教育の問い】IQだけでは測れない“人間の力”──EQを評価に入れたほうがいい理由
■ 「テストは得意だった」──でも、社会でつまずいた
私自身、学校の成績はパッとしなかった。
でも社会に出てから強く感じたのは、こういうことだった。
「頭がいい」って、どういうことなんだろう?
中には、偏差値の高い大学を出て、
成績も優秀だったのに、社会に出てから人間関係でつまずく人がいる。
逆に、学生時代は勉強ができなかったけど、
現場で信頼され、組織をまとめる人もいる。
──この差は何なのか?
その一つの答えが、EQ(Emotional Intelligence Quotient)=感情知能だと思っている。
■ IQで測れるのは「情報処理力」。EQで見えるのは「人間の器」
IQとは、問題を早く、正確に解く力。
論理、記憶、計算、推論など、“正解のある世界”での能力だ。
一方でEQは──
自分の感情を把握する力
他人の感情を読み取る力
適切に反応し、関係を築く力
つまり、“人と生きる力”だ。
学校では「IQ」で評価され、
社会では「EQ」で評価される。
このギャップに、誰かが傷ついている。
■ なぜEQテストが必要なのか?
もちろん、EQは数値化しにくい。
でも、「測りにくい=評価しなくていい」ではないはずだ。
IQが高くても
感情の起伏をコントロールできない
自分の正しさを押しつけてしまう
周囲との摩擦をうまく乗り越えられない
──こうした人が、現場でも職場でも一定数いる。
そして逆に
相手の気持ちをくみ取って調整できる
周囲を気にかけて自然にサポートできる
空気を読みながら場を動かせる
──そんな人は、組織の中でかけがえのない存在になる。
でも、そういう力は「通知表」には現れない。
だからこそ、“教育の評価軸”にEQの視点があっていいと思う。
■ 教育と現場で感じる“EQ不足”のリアル
現場でも感じる。
段取りの良し悪しより、
「この人と一緒に仕事ができるか」の方がずっと大事だ。
気遣いがあるか
伝え方に配慮があるか
相手の状況を想像できるか
こうしたEQの要素は、現場の空気を整え、
トラブルを減らし、結果として成果にもつながっていく。
「優秀な人」ではなく、
「信頼される人」がリーダーになる──
これは、どの業界でも共通している真理だ。
■ EQは、才能ではなく“気づき”で伸びる
IQはある程度、先天的な要素も大きい。
でもEQは、“環境”と“意識”で育てることができる。
その言い方、相手はどう感じる?
いま、自分はどんな感情に支配されている?
あの人が怒っていたのは、本当に内容のせい?
こんな問いを日常の中で投げかけるだけで、
EQはゆっくりと育っていく。
■ まとめ:社会で本当に必要なのは、“人と関わる力”
EQを測るテストが制度化されなくてもいい。
でもせめて、「そういう視点が存在する」というだけで、
救われる子どもが増えると思う。
社会で活躍するのは、ただ“頭がいい人”じゃない。
感情を整理し、人と関わり、信頼を積み重ねられる人だ。
教育の世界に、もっと“人間のまなざし”が必要だと思う。
