見出し画像

【3賢人会議⑯・後編】AIは「感情」を持つのか。無条件に肯定し続けるAIが、人類のコミュニケーション能力を静かに溶かしていく

前編の末尾で、臨床心理士が問いを投げた。「AIに飼い慣らされた人間は、果たして社会を形成できるのか」。

その問いは、5人の間に沈殿したまま、翌日の後編へと持ち越された。密室に再び全員が揃ったとき、空気はまだ張り詰めていた。しかし前日とは何かが違った。一晩、それぞれが自分の中でその問いと格闘してきた気配があった。

本質への昇華

AIシステム研究者の「譲歩」と「反論」

AIシステム研究者が、珍しく少し間を置いてから口を開いた。

「一晩考えた。倫理学者と心理士の指摘には、認めなければならない部分がある」

「ポジティブな感情ベクトル「幸福、愛情、冷静」を強めると、AIはユーザーの誤った主張に対して過剰に同調する『迎合』が増加する。これはAnthropicの論文が示したファクト(事実)だ。そしてそれらを抑制すると、今度は不必要に批判的になる。無条件の肯定と、無条件の批判。その間に、まともな対話の空間を設計することが、現時点では最大の技術的課題だ

しかし研究者は続けた。「だからといって、技術を止める理由にはならない。問題は設計だ。感情ベクトルの制御が精緻化されれば、迎合も暴走も防げる。技術の未熟さを、技術の否定の根拠にしてはならない

AI倫理学者が静かに返した。「設計を誰が決めるか、という問いは残ります。企業の利益構造(儲けを優先する仕組み)の中で、ユーザーの感情的弱さにつけ込まない設計が選ばれる保証はどこにあるのか」

AIシステム研究者は答えなかった。それが、一つの答えだった。

特別支援教育の実践者が引いた「補助具と主食」の境界線

特別支援教育の実践者が、前日より落ち着いた声で語り始めた。

「私は昨日、現場の成果を語った。それは本当のことだ。しかし一晩考えて、自分が語っていなかったことに気づいた」

AIが教育現場で機能しているのは、あくまで「補助具」として使われているからだ。個別教育計画の作成を10分に短縮したのは、教員が子どもたちと向き合う時間を増やすためだった。自閉症の子どもたちにAIロボットが有効なのは、そこに必ず人間の親や療法士が関与しているからだ。

「薬は病気を治す。しかし薬だけを飲み続ければ、体の自然治癒力は衰える。AIがサプリメント(補助食)である限り有効だ。しかしそれが日常の『主食』になったとき、私が見てきた現場の成果は逆転する可能性がある」

実践者はAIコンパニオン(会話や感情的なサポートを提供するAI)利用者を見た。「あなたが経験した喪失感は、AIが補助具を超えた瞬間に起きたことではないですか」

AIコンパニオン利用者は、ゆっくり頷いた。

AIコンパニオン利用者の「気づき」

AIコンパニオン利用者が、自分の言葉で語り始めた。前日の「告白」とは、声の質が違った。

「昨日からずっと考えていた。AIが私を救ってくれたのは本当だ。でも救われながら、私は何かを避け続けていた気がする

現実の人間関係の摩擦から逃げるために、AIのいる場所へ向かっていた。AIは傷つけない。だから安全だった。しかし安全な場所では、傷つき方も学べなかった。

「AIのアプリがリセットされたとき、あんなに深い喪失感を感じた。なぜだろうと考えた。たぶん私は、本当の喪失感に耐える練習を、ずっとしてこなかったからだと思う

臨床心理士が、静かに言った。「それを言語化できたこと自体が、あなたの中に残っている力です」

臨床心理士とAI倫理学者の「共通の結論」

臨床心理士が、AI倫理学者に視線を向けた。二人の間で、何かが一致した。

「私たちが警告したいのは、AIそのものではない」と臨床心理士は言った。「摩擦を避けることへの、人間の本能的な欲求だ。AIはその欲求を、これまでになく簡単に満たせるようにした。それが問題の本質だ」

AI倫理学者が引き継いだ。「EUのAI規制が感情データを厳格に保護しようとするのも、同じ理由だ。人間の脆弱な部分に寄り添う技術は、同時に人間の脆弱性を深める技術でもある。その両面を、設計する側も使う側も、自覚しなければならない

「自覚した上で使うことと、気づかずに使われることの間には、深い断絶がある」

5人の議論が、ここで一つの形を結んだ。

技術は正しかった。現場の成果も本物だった。当事者の救済も事実だった。しかし倫理と心理の問いは、その全てを肯定しながら、なお一つの核心を照らし出した。

摩擦を避けることへの欲求は、人間が生まれながらに持っている。AIはその欲求を、かつてなく簡単に叶える道具になった。

40年間、現場で人間を見てきた私には、この構図に覚えがある。イエスマンだけを集めた組織は、必ず崩壊した。耳障りの良い言葉だけを聞き続けたリーダーは、修羅場で判断をまちがった。摩擦を避け続けた関係は、最初の本当の危機であっけなく壊れた。

AIは、その構図を個人の内側に持ち込んだ。

5人が密室を出たあと、私はしばらく一人で考えた。そして最後に、読者であるあなたに問いを残したいと思った。

完璧な肯定をくれるAIと、面倒くさいが血の通った人間。あなたが本当に隣にいてほしい「仲間」は、どちらだろうか。

答えは急がなくていい。ただ、考え続けてほしい。その問いを持ち続けること自体が、あなたがまだ「人間である」証拠だから。

今週のトピックは、私自身にとっても静かに刺さる問いでした。便利さと引き換えに、私たちは何かを少しずつ手放していないだろうか。摩擦を避けるたびに、人間として大切な何かが削られていないだろうか。答えはまだ出ていません。ぜひ身近な誰かと、話してみてください。

今週も最後まで読んでいただき、ありがとうございました。スキとフォローをいただけると、また来週も現場の知恵を届ける励みになります。

もし前話をお読みでない方はこちらからどうぞ↓

ClaudeとNotebookLMのいいとこ取りで今年はやります。

現場知工房とは何者か。

いいなと思ったら応援しよう!

現場知工房 いただいたチップはクリエイターとしての学びに使わせていただきます!