結婚は男女婚にこだわらず「人と人」の結びについて考える(年の差婚からの気づき)
年の差婚について思う。
たまたまショート動画をみたあとに思ったことをコメントした。そのあと結婚についてちょっと考えてしまった。
最近知り合った女性が年の差婚をしていた。
彼女の親ほどの年齢の人だったので聞いたときは驚いたが、そもそも結婚は日本の法律上「男」と「女」という性別ができるということだけであり、
オスとメスが一緒になることを結婚とは言い切れないのでは?と思った。
人と人が一緒に暮らし、お互いを高めあえたらいい。
一緒に暮らす、男女となればやはり結果的にそれは「結婚」という形に結びつく。昭和時代をいきた私は結婚=子供=家族をつくるというのを自然の流れで教育しメディアから刷り込まれてきた。
時代が昭和→平成と令和へ
しかし、平成、そして令和と時代が変わり
インターネットの普及によりその昭和の価値観が正解ではないということに気が付く。広い世界で多様な夫婦や家族の形があることを人は知ることができた。
そして知ることによって選ぶ未来も増えていく。
世間を驚かせた「45歳差婚」

冒頭でも書いたが、ショート動画をみてやはり日本の有名人年の差婚といえば45歳年の差婚の「加藤夫妻」
確かにこの夫婦、特に妻へのバッシングはすごかった。
ただ、そういった試練や厳しい言葉も真意に受けとめ、夫とより長い生活を送るためにあらゆる勉強に取り組んだ妻「綾菜さん」の活動は素晴らしいと思った。
調べるとある大きな宗教団体所属でもあったため、それがさらに多くの人から「違う目」で見られることもあっただろう。
この年齢になって思うが、その宗教団体が果たしてそんなに悪いものなのだろうか?と信条は自由である。その熱量はその団体に所属していても人によってさまざまである。宗教によっては親が属していることで、子供や親族も自らの意志に関係なく入信している人もいる。
親が信じたことではあるが、子供はそれを信じていない場合もある。ただ親がそれ信じていている以上は子供はそれを見守ることもする。その信条を強いる親もいれば、ある時を境に子供にそれを選ばせる親もいる。
芦田愛菜さん主演の映画「星の子」を見た時も同じようにおもった。
そういった中で、人からちょっと違う目で見られた子供として幼少期すごした人は、自分をもっと大事したいと思い自らの選択を選ぶのだろう。そして芯が強く貫くちからも人の何倍にもなったのでは?と加藤綾菜さんをみて思うのである。
年の差婚から私は学んだ。
結婚とはオスとメスだけのものではないと。もちろん法律上異性同士でないと日本では婚姻は認めらえていないが、性別関係なく「婚」の形が今後かわっていったらいいのになと思う。
多様性を考え、受け入れることで見えてきたことである。
もしくは「婚」にこだわることなく、人として好きな人と一緒に暮らす未来があってもいいのではと思っている。
結婚がすべてではない。
「婚」を変えるのにはまだまだ時間と労力がかかるとは思う。
でも「婚」にこだわらずにもっと自分の人生を豊かにしてくれる相手と生活をしたり経験をする選択なら今でもできるかなと思っています。
最後に
婚活に熱を注ぐ小説を書いています。
やはり「オスメス婚」になっている婚活がそんなに大事と思えず、今の自分の人生と向き合い大事にしてきたこと、したいことに焦点をあててほしいと思ってしまう。(私自分が結婚しているからこうゆうことを当人にいってもあまり響かない)
今後どう伝えていくかを今模索しているところである。
いったん考えを感情の言語化をするために日々小説を書いています。
よかったらこちらから。
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