ドレイクは岐路に立たされている
ドレイクは、現在極めて重要な局面を迎えていると感じる。
彼の音楽は一貫して、
・私的な感情(恋愛・孤独・後悔・虚栄心など)をテーマにし、それらを
・大衆が自分ごととして理解し共感する
ことにより支持されてきた。
しかし、ドレイクは既に39歳。今までと同じ語り方では共感が成立しにくくなる。
要は大人になるべきタイミングが来ているのだ。
恋愛や感傷を語れなくなったということではなく、年齢なりの説得力を持たなければならないということだ。
ドレイクには取れる選択肢がいくつかある。
1.無理に若さに留まる。
特に何も変えず夜遊びや女性への愚痴を語り、自己模倣を続ける。もちろん残るファンもいるだろうが、徐々に影響力を失っていくと考えられる。
2.キャラクターを誇張、自虐的になる。
これは最悪だ。短期的な効果はあるかもしれないが痛々しく、飽きられてしまえばオワコンになる。晩年を汚したラッパーとして記憶されるだろう。
3.語り方を変える。
困難だが理想的な道だ。恋愛であれば、責任や成熟への理解、そして不安を語っていく。必ずしも立派である必要はなく、人生のフェーズが変わっていくことを取り入れればそれでいいと思う。
4(番外編).人格の破壊と再構築。
これはカニエが行ったことで、年齢による成熟を放棄してより過激なキャラクターに振り切ることだが、ドレイクのアーティスト像とはあまりにかけ離れている。
3を成し遂げたラッパーの例
例えばJay-Zは、成功者としての重厚さにシフトした。黒人資本家としての倫理責任、ラッパーからヒップホップ文化の大御所としての立場を語り始めた。
しかしドレイクにこれは難しい。ドレイクはファンの人生に寄り添った位置にいなくてはならない。ただし、ドレイクのリアルとリスナーとの間で乖離が広がっているのも事実で、これを否定せず認めることも必要だ。
また別の例として、チャイルディッシュガンビーノも孤独やアイデンティティの揺れを語っていたが、音楽のリリースを減らし俳優・監督としてのキャリアを伸ばした。
これもドレイクには真似できない。今までのドレイクは「多作」「サウンドトレンドのキャッチアップ」で影響力を維持し続けており、そこから離れるのは危険だ。
つまり、ドレイクは、
・饒舌でなくてはいけない(=沈黙→物語の死)
なおかつ、
・リスナーとの距離をうまく調整し、一歩引いた自分の姿を見せていく
必要があると考えられる。
急激なシフトではなく、少しずつ、リスナー目線の共感を装いすぎず、自分の物語を率直に語る
というのが、今後のドレイクが支持され続ける上でのポイントに思う。
現在のドレイクの動きについて
新アルバム『ICEMAN』のリリースが近い。断片的に曲が発表されているが、リード曲「What Did I Miss?」では、裏切りや人間関係の転換といったテーマを扱っている。
ビーフ後、ケンドリック陣営への攻撃性を高めるよりも自身の状況をただ語る方が相応しいと考えてのことだろう。
プロモーション自体も、長尺の映像の中で曲を小出しにしたりと、音楽そのものを物語の一部として表現する向きが強い。リスナーの解釈を育てる狙いがあるのかもしれない。
もっとも、センチとの曲「Witch One?」はドレイクらしいクラブ感と軽快さがあり、今後の動きとしては、「過去のドレイク像に期待される曲」は定期的に出していき、その上で「自分の現状への誠実さ」も見せていく、ということのように思う。
ファンとして、従来のドレイクを存分に感じられるバンガー、現実を真摯にラップする曲の両方が聴けることがとても楽しみだ。
