夏の記憶のタイムマシン
今日も近所の公園をウォーキング。
この時期の公園は蝉の大合唱に圧倒される。以前はウォーキング中、音楽を聴いていたが、あるときヘッドホンを外したら、ものすごい蝉しぐれだった。
聴き分けられるのは、アブラゼミ、ミンミンゼミ、ツクツクボウシくらいかな。あとニイニイゼミもいるらしい(何年か前抜け殻を見つけたので)。ヒグラシもいるかもしれない。
この自然の音をちゃんと聴きたいと思ってから、ウォーキング中は音楽を聴かないようにした。
木のあちこちに蝉の抜け殻がある。朝方ウォーキングすると、こころなしか低空飛行している烏が多い気がする。羽化する蝉を狙っているのだろうか。
蝉しぐれのシャワーを浴びていると、小学生時代の夏休みを思い出す。
当時、40日あった夏休みの30日以上は父方の祖父母の家にいた。なので、夏休み途中に2日あった登校日は行ったことがない。
宿題も持って行ったが、計画的にこなそうと思いつつ、毎年最後の数日でやっつけていた。昔からお尻に火がつかないと、できなかったようである(笑)
それはさておき、設計士の父が設計した祖父母の家は、遊ぶには申し分なかった。
家の中の柱登り、階段の手すりでの滑り台、2階の窓から外に出て、瓦屋根を伝って隣の部屋までの移動。
(瓦屋根を歩いているところを見つかると、こっぴどく叱られたから、見つからないようにというスリルもあった😅)
井戸水で冷やしたスイカを、昔ながらの縁側で食べて、種飛ばし。
孫たちのために、祖母は瓶のファンタをケース買いしてくれていた。
当時はオレンジ味とグレープ味くらいしかなかったが、家では飲めなかったので、祖父母の家でファンタが飲めるのが、ものすごく嬉しかった。
私はだいたいオレンジ味を選んでいたかな。
庭にはさまざまな昆虫がいた。虫をつかむのは苦手ながらも、見るのは好きだった。
蝉、バッタ、カブトムシ、クワガタ、コガネムシ、苦手なナナフシ。たまに、タマムシもいて、カラフルに輝く姿に魅入ったものだった。
父曰く、タマムシが人間の前に現れるのは死ぬ直前だとか。なので、捕まえても何日かしか生きなかった。
竹藪もあったので、竹を切ってきては竹とんぼなどを手作り。
鬼灯を取ってきては、よくもんで中身を抜き出し、鬼灯笛を作った。中身を抜くとき、破らないようにするのが難しかった。
近所の用水路に釣りに行くことになれば、庭を掘って餌のミミズを探して、水ようかんの空き缶に入れて、子どもだましの竿を持っていったものだ。
餌をつけるとき、水ようかんの蓋がカッター代わりだった。
ゆったりと流れる水面に釣り糸を垂らしていると、釣れても釣れなくても楽しめていたと思う。
また、植物の種類も多かったので、小学3年生のときの自由研究では、庭の植物の押し花を作った。おそらく母のアイデアだと思うが、今思うと渋すぎる自由研究だった(笑)
蝉しぐれから、小学時代の夏休みについて、書き出してみると、思った以上に記憶に残っていたようだ。
都合よく改ざんされている可能性もあるが、スマホもゲームもなかったので、全力で夏を楽しんでいたと思う。
6年間過ごした田舎での自然との触れ合いが、今でも近所の公園の自然に惹きつけられる原点だったのかもしれない。
ちなみに、ウォーキング中、水面に映る空の写真をよく撮る。
今日も2枚ほど⋯。


【オマケ】
何気に、爬虫類を見ているのも好きだったりする。
先日はミミズを食べているトカゲちゃん、今日は2メートルはありそうなアオダイショウちゃんを見かけ、しばし観察してしまった。
写真はあるが、爬虫類が苦手な方もいると思うので、今日はナシで😅
いずれ、公園の爬虫類シリーズ、投稿するかもしれないけど⋯(笑)

