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雨の日、思春期の入口に立った私へ向けた母の「告白」#チャレがや6弾

 告白。色恋沙汰の記事は専門外なので、他に何かないかと考えました。
 4月の初め、週末の雨の午後、パソコンを開いて迷っていると、ふと、
母の「告白」を思い出しました。

 中学生になる春休みの雨の午後、母は、私に話し始めました。
「おばあちゃんね。私と血が繋がってないの。」
 母は昭和18年の戦時中の生まれです。
 祖父は、商社の仕事で現在のタイに駐留していたのですが、戦況の悪化を見越して、日本に帰国しました。「産みの祖母」は、その帰国時の船内で体調を崩し、帰国後、母の出産時に他界したのでした。
 その後、祖父は、再婚し、その人が私の今の祖母です。

 母は、私が中学生になる時、この「告白」をしようと決めていました。兄にも、同じタイミングで事実を伝えたそうです。また、兄には、私にこの事を言わないよう頼んでいました。
 母は、「産みの母」が、どの様な人なのか説明し、写真も見せてもらいました。写真を見る限り、確かに、母に良く似ていて、今の祖母とは全く雰囲気が違う人でした。
 よくよく考えると、祖母と母は年齢が14歳しか違っていません。しかし、小学生の私は、その事に全く気づいていませんでした。
 母は、幼少期に、突然、「お姉さんのような人」がお母さんになった時の心情や、その後に産まれた弟、つまり私の叔父との関係についても話しました。現在は良好な関係ですが、母の思春期には、複雑な想いがあったようです。

 一通りの話しが終わり、私は、必要な文具品の買い物に出かけました。
外で、独りで考えたい気分だったのかもしれません。
 丁度、雨も上がり、夕陽が差し始めていました。
 今後、祖母とはどう接するか、少し迷いながら歩いた記憶があります。
 それが、私の思春期へ踏み出す、第一歩だったかもしれません。
 その後、祖母に対して態度が変わったり、その事について話はしていませんが、今想うと、祖母は、私達、孫に「よそよそしさ」があったように
感じます。

 数年前、私たちと離れた場所で祖母は、98歳で天寿を全うしました。
 コロナ禍で遠方でしたので、葬儀には出ませんでしたが、生前に、ひ孫である私の2人の娘にも会わせていたので、特に悔いはありません。
 母も、祖母が亡くなる直前まで、よく電話で話をしていて、最後まで、良い関係だったのでしょう。

 記事を書き終えた今、あの日のように、雨が止んで夕陽が差してきました。公開ボタンを押します。


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