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正論を言うより、問いかける。娘とのお風呂で考えた生徒指導のこと。

みなさんこんにちは、数学meganeです。

突然ですが、私には2人の娘がいます。

これまで授業に関する内容の記事ばかり書いていたので、急にどうしたんだと思われるかもしれませんが、印象深い出来事があったので、今回はそれを記事に書いていきます。

先日、同僚の先生が、お子さんを連れて我が家に遊びに来てくれました。

その子は、上の娘と同い年で、以前も何度か遊んだことはありました。

しかし、遊びに来るのはかなり久しぶりだったということもあり、当日は朝からワクワクしている様子でした。

来て早々、水着に着替え、庭に置いてあるプールで二人が仲良く遊び始めました。

終始和やかに遊んでいる微笑ましい風景を見て、私も同僚の先生も仕事の話やら、プライベートの話やらで盛り上がっていました。

小一時間もしたあたりで、二人から「もうプールから出る!」とのお達しがあったので、着替えて、今度は部屋の中で遊び始めました。

こちらも最初は和やかに遊んでいたのですが、娘が「二階のお部屋に行って遊びに行こう!」と友だちに声をかけていました。

すると、その子は「私はここでおもちゃで遊びたい~」と言いつつも、私の娘の圧力に押され、二階に上がっていきました。

私と同僚の先生は、特に何の心配もせずにそのまま二階に送り出し、またいろいろ話をしていました。

そこであの事件が起きたのです。

しばらくしてから、同僚の先生の子が二階から降りてきて、何も言わずにこちらに寄ってきて一言。

「もう帰る。」

私とその先生は頭が「?」でいっぱい。

その後、娘も降りてきていろいろ事情も聞こうとしたのですが、私たちになかなかうまく伝えることができず、相手の子も帰りたいとなっていたので、その日はもう帰ることに。

友だちが帰った後も話を聞こうとしたのですが、なかなか話すことができず、結局夜まで真相は分からないまま、お風呂の時間を迎えました。

すでに落ち着いていた娘とお風呂の中で、他愛のない話をしながらふともう一度声をかけてみました。

「そういえば、今日はなんであんなことになったの?」

すると、娘は一言。

「いじわるされた。」

「なるほど、どんなことされた?」

「こら!って言われた。」

「なんで『こら!』って言われた?」

話を聞いていくと、どうやら娘が何か気にくわないことがあって、物を投げてしまったそう。

そこで相手の子が、おそらく注意する意味も込めて「こら!」と言ってきたのではないかと思います。

それに対して納得がいっていない、ということだったのです。

私の娘は感情が高ぶると、言葉よりも先に、物を投げたり、叩いたりしてしまうことがあるのですが、今回はそれが原因で起こってしまったトラブルだったようです。

それを聞いた私は、「それは物を投げた方がダメでしょ。」と言いたくなりました。

しかし、ふと一度立ち止まり、よく考え、少し聞き方を変えてみようと思いました。

「なんで、そんなことしてしまったの?」
「そのとき、どんな気持ちだった?」
「相手はどうして「こら!」と言ったと思う?」
「どうして物を投げちゃダメだと思う?」

そんなふうに、一つ一つ問いかけていきました。

そして、その一つ一つの質問に一生懸命答えようとする娘の素直な姿に、感じるものがたくさんありました。

特に、「どうして物を投げちゃダメだと思う?」に対して「相手がケガをしたりするかもしれないから。」と最初に答えたときは、「分かってはいるんだな~…」と考えさせられました。

もちろん、他にもたくさん理由はありますし、大事にしなければいけないところもたくさんあります。

しかし、そうやって一生懸命問いかけに答えながら、自分の行動を振り返っているように見えました。

そして、その様子を見ながら、ふと思ったのです。

「これって、生徒指導も同じじゃないか?」

学校でも、生徒同士のトラブルは起こります。

そんなとき、周りから見れば、

「それは注意されても仕方ないよね。」
「あなたにも原因があるんじゃない?」

と思うような場面でも、本人の中では、

「○○にこんなことを言われた。」
「自分だけ怒られた。」
「嫌なことをされた。」

という認識になっていることがあります。

今回の娘も、まさにそうでした。

自分が物を投げたことよりも、相手から「こら!」と言われたことのほうが強く残っていて、「いじわるされた」という捉え方になっていたのです。

もちろん、だからといって物を投げたことが許されるわけではありません。

ダメなことはダメだと伝える。
指導すべきことは、きちんと指導する。

そこは絶対に必要だと思っています。

ただ、その「正しさ」を一方的に伝えるだけで、本当にその子は自分の行動を振り返ることができるのでしょうか。

教師から、

「それはあなたが悪いよ。」
「そんなことをしたらダメでしょう。」
「まず謝らないといけないよ。」

と正論を伝えられた。

教師としては「きちんと指導した」と思うかもしれません。

でも、生徒の中に残ったものが、

「怒られた。」
「自分だけ悪者にされた。」
「自分の気持ちは誰も分かってくれなかった。」

だけだったとしたら。

それでは、本当の意味で自分の行動を振り返ったことにはならないのかもしれません。

だから私は、生徒指導でも「何をしたのか」だけではなく、

「どうしてそうしたの?」
「そのとき、どんな気持ちだった?」
「相手はどう感じたと思う?」
「じゃあ、自分の行動はどうだったと思う?」

と問いながら、まずはその子が見ていた景色を知ろうとすることを大切にしています。

振り返ってみると、私はいきなり「何が悪かった?」とは聞いていませんでした。

まず娘がそのとき何を感じ、どう見えていたのかを聞き、そこから少しずつ相手の立場や自分の行動へと問いを移していました。

もちろん、本人の話を聞くことと、その行動を肯定することは違います。

ここは、とても大切なところだと思っています。

「そんな気持ちだったんだね。」と受け止めることと、「だったら、やっても仕方ないよね。」と認めることは、全く違います。

その子なりの理由や感情を受け止めた上で、「でも、その行動はどうだったと思う?」と問いかける。

そうすることで初めて、自分の行動を少し離れたところから見つめ直すことができるのではないでしょうか。

そして最後は、「じゃあ、どうすればよかったんだろう?」と本人自身が考える。

教師が正論で納得させるのではなく、生徒自身が自分の行動に気づく

考えてみれば、これは私が普段の授業で大切にしていることとも似ています。

教師が全部説明してしまうのではなく、問いを投げかけ、生徒自身に考えてもらう。

生徒指導だって、同じなのかもしれません。

「指導する」という言葉から、ついつい「正しいことを教えること」をイメージしてしまいます。

でも、本当に大切なのは、「自分の行動を、自分自身で振り返ることができるようにすること」なのかもしれません。

今回、娘とのやり取りを通して、普段の生徒指導で自分が大切にしていることを、改めて考えさせられました。

正しいことを伝える。

もちろん、それも大切です。

でも、それ以上に大切なのは、指導する側が答えを与えるのではなく、本人が答えにたどり着けるように導くことなのかもしれません。

考えてみれば、これは授業でも、生徒指導でも、そして子育てでも同じなのかもしれません。

娘とのお風呂での会話から、教師として大切にしたいことを一つ、改めて教えてもらったような気がしました。

子育てと教育。

全く同じではないけれど、どこかでつながっている。

そんなことを考えさせられた一日でした。

このnoteでは、
・授業でそのまま使える教材・授業展開
・思考力を育てる問題
・実際の授業実践、指導のコツ
を中心に発信していきます。
忙しい中でも「これなら使える」と思ってもらえるような、現場目線の即戦力になるような教材を届けたいと思っています。

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