αエラー、βエラー、サンプルサイズ
― 研究計画で最初に押さえるべき3つ ―
統計の話で、αエラー、βエラー、サンプルサイズという言葉が出てくると、急に難しく感じる人は多いと思います。
でも、この3つは研究計画を立てるうえでかなり大事です。
なぜなら、研究を始める前に、
どのくらいの確率で間違いを許すのか
どのくらいの差を見つけたいのか
そのために何人くらい必要なのか
を決める話だからです。
統計解析というと、データを集めた後に行うものと思われがちです。
しかし本当は、統計は研究を始める前から始まっています。
特にサンプルサイズは、研究の途中や最後に何となく決めるものではありません。
研究計画の段階で、かなり真剣に考える必要があります。
まず、仮説検定の考え方
αエラーとβエラーを理解するには、まず仮説検定の考え方を少しだけ押さえる必要があります。
たとえば、新しい治療Aが、標準治療Bより死亡率を下げるかを調べたいとします。
このとき、統計ではまず、
差はない
という立場から始めます。
これを帰無仮説と呼びます。
つまり、
帰無仮説:治療Aと治療Bで死亡率に差はない
です。
一方で、私たちが本当に示したいのは、
治療Aの方が死亡率を下げるかもしれない
ということです。
これを対立仮説と呼びます。
研究では、手元のデータを使って、
「差はない」と考えるには少し無理があるのか。
それとも、まだ差があるとは言えないのか。
を判断します。
このときに出てくる間違いが、αエラーとβエラーです。
αエラーとは何か
αエラーは、簡単に言うと、
本当は差がないのに、差があると言ってしまう間違い
です。
別の言い方をすると、偽陽性です。
たとえば、本当は新しい治療Aに効果がないとします。
それなのに、たまたま今回の研究では治療A群の死亡率が低く見えてしまった。その結果、「治療Aは有効だ」と結論してしまう。
これがαエラーです。
イメージとしては、火災報知器の誤作動に近いです。
本当は火事ではないのに、火事だと警報が鳴る。
これがαエラーです。
臨床研究で言えば、
本当は効かない治療を、効くと判断してしまう
ということです。
これはかなり危険です。
効かない治療が広まるかもしれません。
副作用やコストだけが増えるかもしれません。
次の研究や診療方針を間違った方向に進めるかもしれません。
だから、αエラーは小さく抑える必要があります。
一般的には、α=0.05がよく使われます。
これは、
本当は差がないときに、誤って差があると判断してしまう確率を5%まで許す
という意味です。
ここで大事なのは、α=0.05は、
治療が効かない確率が5%
という意味ではないことです。
あくまで、
差がない世界で、誤って差があると判断してしまう確率
です。
βエラーとは何か
βエラーは、αエラーの反対です。
簡単に言うと、
本当は差があるのに、差があると検出できない間違い
です。
別の言い方をすると、偽陰性です。
たとえば、本当は治療Aが死亡率を下げるとします。
しかし、研究の症例数が少なかった。
ばらつきが大きかった。
イベント数が足りなかった。
その結果、統計的には「有意差なし」となってしまった。
これがβエラーです。
イメージとしては、本当は火事なのに、火災報知器が鳴らない状態です。
臨床研究で言えば、
本当は効く治療を、効くと示せない
ということです。
これも非常にもったいないです。
有望な治療が捨てられてしまうかもしれません。
研究費や時間を使ったのに、結局「判断できない」結果になるかもしれません。
βエラーは、サンプルサイズと深く関係します。
powerとは何か
βエラーと一緒に出てくるのが、powerです。
powerは、日本語では検出力と呼ばれます。
式で書くと、
power = 1 − β
です。
つまり、βエラーが20%なら、powerは80%です。
これは、
本当に差があるときに、その差を研究で検出できる確率
です。
たとえば、80% powerというのは、
本当に治療効果があると仮定したときに、100回同じような研究を行えば、約80回はその効果を検出できる
というイメージです。
逆に言えば、
約20回は見逃す
ということです。
この20%がβエラーです。
臨床研究では、よく80% powerや90% powerが使われます。
80% powerなら、β=20%。
90% powerなら、β=10%。
90% powerの方が、見逃しは少なくなります。
ただし、その分、必要なサンプルサイズは大きくなります。
αエラーとβエラーは両方大事
αエラーとβエラーは、どちらも避けたい間違いです。
αエラーは、
ない効果をあると言ってしまう間違い
です。
βエラーは、
ある効果を見逃してしまう間違い
です。
どちらが大事かは、研究の目的や状況によります。
たとえば、新薬の承認を目指す大規模試験では、αエラーを厳しく管理する必要があります。
効かない薬を効くと判断して承認してしまうと、多くの患者に影響します。
一方で、重症疾患や希少疾患で、有望な治療を見逃したくない場合には、βエラーも非常に重要です。
本当は効果があるかもしれない治療を、症例数不足で見逃してしまうのは大きな損失です。
研究計画では、
どのくらい偽陽性を避けたいか
どのくらい偽陰性を避けたいか
を考えながら、αとpowerを設定します。
サンプルサイズとは何か
ここでサンプルサイズの話になります。
サンプルサイズとは、簡単に言えば、
その研究に必要な対象者数
です。
ただし、単に「多ければよい」という話ではありません。
サンプルサイズは、
研究で見つけたい差を、決めたαエラーとβエラーの範囲内で検出するために必要な人数
です。
つまり、サンプルサイズは、
αエラー
βエラー
power
見つけたい効果の大きさ
アウトカムの発生率
データのばらつき
こうしたものから決まります。
サンプルサイズを決める主な要素
サンプルサイズを考えるときに大事なのは、主に次の要素です。
1. αをいくつにするか
αを小さくすると、偽陽性は減ります。
つまり、ない効果をあると言ってしまう危険は減ります。
ただし、基準が厳しくなるので、必要なサンプルサイズは増えます。
α=0.05より、α=0.01の方が厳しいです。
その分、より多くの症例が必要になります。
2. powerをいくつにするか
powerを高くすると、効果を見逃しにくくなります。
80% powerより、90% powerの方がβエラーは小さくなります。
ただし、その分、必要なサンプルサイズは増えます。
3. どのくらいの差を見つけたいか
ここが一番大事です。
大きな差は、少ない人数でも見つけやすいです。
小さな差は、多くの人数が必要です。
たとえば、死亡率が30%から10%に下がるような大きな効果なら、比較的少ない人数でも見つけやすいです。
一方で、死亡率が30%から28%に下がるような小さな効果を見つけようとすると、非常に多くの人数が必要になります。
ここで重要なのは、
統計的に見つけたい差ではなく、臨床的に意味のある差を決める
ことです。
ほんの少しの差でも、人数をものすごく増やせば統計的には有意になるかもしれません。
でも、それが臨床的に意味のある差かは別です。
4. データのばらつき
連続変数をアウトカムにする場合、ばらつきが大きいほど必要な人数は増えます。
たとえば、血圧の変化を見たいとします。
患者ごとの血圧変化がかなりばらつくなら、治療効果を見つけるには多くの人数が必要です。
逆に、ばらつきが小さければ、少ない人数でも差を見つけやすくなります。
5. イベント率
死亡、再入院、合併症などのイベントを見る場合は、イベント率が大事です。
イベントが多いアウトカムは、差を見つけやすいです。
イベントが少ないアウトカムは、差を見つけにくいです。
たとえば、死亡率が30%の集団と、死亡率が3%の集団では、同じ治療効果を見るとしても必要な症例数は大きく変わります。
イベントが少ない場合は、かなり大きな研究が必要になります。
効果が小さくなると、必要な人数は急に増える
ここはサンプルサイズで一番大事な感覚です。
見つけたい差が小さくなると、必要な人数は急激に増えます。
連続変数の2群比較では、ざっくり言うと、
必要な人数は、見つけたい差の2乗に反比例します。
つまり、見つけたい差が半分になると、必要な人数は約4倍になります。
たとえば、ある検査値について、標準偏差が10だとします。
5の差を見つけたいなら、だいたい各群60人くらいで済むかもしれません。
でも、2.5の差を見つけたいなら、差は半分です。
この場合、必要な人数は約4倍になります。
つまり、各群250人くらい必要になることがあります。
このように、効果量の設定は非常に重要です。
「少しでも差があればよい」
という考えでサンプルサイズを計算すると、必要人数が現実離れすることがあります。
サンプルサイズは「研究の現実性」と直結する
研究計画では、よくこういうことが起こります。
「この差を見たい」
「αは0.05」
「powerは80%」
「計算したら1000人必要だった」
「でも実際には100人しか集められない」
この場合、どうするべきでしょうか。
よくないのは、
集められる人数に合わせて、都合よく効果量を大きく見積もること
です。
たとえば、本当は死亡率を5%下げられれば十分と思っているのに、サンプルサイズを小さくするために「15%下がるはず」と仮定する。
これは危険です。
そのような研究は、実際には検出力不足になる可能性が高いです。
サンプルサイズが足りない研究は、結果が出なかったときに、
「効果がない」
のか、
「効果はあるが検出できなかった」
のかが分かりにくくなります。
つまり、研究としての解釈が難しくなります。
underpowered studyとは何か
症例数が少なすぎて、見つけたい差を検出する力が足りない研究を、underpowered study と呼びます。
underpowered studyでは、p>0.05になりやすくなります。
でも、それは必ずしも「効果がない」という意味ではありません。
単に、症例数が足りずに判断できなかっただけかもしれません。
ここで、以前書いた話につながります。
Absence of evidence is not evidence of absence.
証拠がないことは、効果がないことの証明ではありません。
特にサンプルサイズが小さい研究では、
「非有意だから効果なし」
とは簡単に言えません。
αエラー、βエラー、サンプルサイズの関係
ここまでを整理すると、こうです。
αエラーを小さくする。
→ 偽陽性は減る。
→ しかし、必要なサンプルサイズは増える。
βエラーを小さくする。
つまりpowerを上げる。
→ 見逃しは減る。
→ しかし、必要なサンプルサイズは増える。
見つけたい差を小さくする。
→ より小さな効果を検出したい。
→ 必要なサンプルサイズはかなり増える。
データのばらつきが大きい。
→ 効果が見えにくい。
→ 必要なサンプルサイズは増える。
イベント率が低い。
→ イベント数が足りない。
→ 必要なサンプルサイズは増える。
つまり、サンプルサイズは、研究の希望と現実のバランスを取る作業です。
サンプルサイズ計算の実際の流れ
実際にサンプルサイズを考えるときは、次の順番が分かりやすいです。
まず、主要アウトカムを決めます。
死亡率なのか。
再入院なのか。
合併症なのか。
検査値の変化なのか。
スコアの変化なのか。
次に、比較の形を決めます。
2群比較なのか
3群比較なのか
前後比較なのか
非劣性試験なのか
生存時間解析なのか
次に、臨床的に意味のある差を決めます。
死亡率を何%下げたいのか
平均値をどれくらい改善したいのか
ハザード比がどれくらいなら意味があるのか
次に、αを決めます。
多くの場合は0.05ですが、片側か両側か、多重比較があるかでも変わります。
次に、powerを決めます。
80%にするのか
90%にするのか
次に、イベント率や標準偏差を見積もります。
過去研究
自施設データ
レジストリ
予備研究
こうしたものを使います。
最後に、脱落や欠測を見込んで上乗せします。
たとえば、10%くらい脱落しそうなら、必要人数を10%程度増やします。
サンプルサイズは「解析方法」とも関係する
同じ研究でも、使う解析方法によって必要な人数は変わることがあります。
たとえば、ベースラインの重症度で調整する。
連続変数をそのまま使う。
イベントまでの時間を使う。
繰り返し測定を使う。
リスクの高い患者に絞る。
こうした工夫で、検出力が上がることがあります。
ただし、後から都合よく解析方法を変えるのはよくありません。
研究計画の時点で、どの解析を主解析にするのかを決めておく必要があります。
ベイズ統計ではサンプルサイズの考え方が少し変わる
ここで、最近書いているベイズ統計ともつながります。
頻度論のサンプルサイズ計算では、
本当に差があるときに、p<0.05になる確率
をpowerとして考えることが多いです。
一方、ベイズ統計では、
posterior probabilityが事前に決めた成功基準を超える確率
として考えることがあります。
たとえば、
P(治療が有効) > 95%
を成功基準にする。
そのうえで、
この成功基準を満たす確率が80%以上になるように、サンプルサイズを決める。
という考え方です。
FDAのベイズ臨床試験ガイダンス案でも、ベイズ試験では成功基準として、治療効果がある閾値を超える事後確率を用いることがあり、Bayesian powerはその成功基準を満たす確率として考えると説明されています。
つまり、ベイズでは、
p<0.05を達成できるか
ではなく、
事後確率が十分高くなるか
を見ます。
priorを使うと必要なサンプルサイズは変わる
ベイズ統計では、事前分布、つまりpriorを使うことがあります。
過去研究の情報をpriorとして使うと、今回の試験で必要なサンプルサイズが小さくなることがあります。
これは、過去の情報も解析に入るからです。
かなり単純化すると、
必要な情報量 = 今回の試験データ + priorから借りた情報
というイメージです。
ただし、これは便利な一方で、注意も必要です。
過去研究が今回の研究とよく似ているなら、priorとして使う意味があります。
でも、対象患者が違う。
アウトカムが違う。
標準治療が違う。
研究の質が低い。
こうした場合、そのpriorは結果を歪める可能性があります。
FDAガイダンス案でも、外部情報を借りるinformative priorを使う場合には、情報源の関連性、借用の程度、priorの影響、感度分析を事前に示す必要があるとされています。
optimistic priorなら必要なnは減るのか
一般的には、減ることが多いです。
optimistic priorは、治療が効きそうだという方向に寄せたpriorです。
過去の質の高い研究で有効性が示唆されていて、今回の研究とよく似ている場合には、その情報を使うことで、今回の研究だけで必要な症例数を減らせる可能性があります。
Tigris trialでは、EUPHRATESのtreatable cohortを75% weighted priorとして使い、150例規模のBayesian trialとして設計されました。プロトコルでも、150 evaluable subjectsというサンプルサイズは、EUPHRATES trialを0.75で重みづけしたpriorを使ったBayesian simulationに基づくと説明されています。
これは、informative priorを使ってサンプルサイズを現実的にした例です。
ただし、注意が必要です。
optimistic priorを使えば、必要人数は小さく見えるかもしれません。
でも、そのpriorが間違っていたら、結果もそちらに引っ張られます。
だからこそ、感度分析が必要です。
Tigrisでも、prior weightを0%から100%まで変えた解析や、commensurate priorを使った解析がsupplementで示されています。
minimally informative priorでは必要なnは増えるのか
基本的には、増える方向と考えてよいです。
minimally informative priorは、事前情報をあまり入れないpriorです。
つまり、ほとんど今回のデータだけで判断します。
この場合、過去情報を借りないので、今回の試験で十分な情報を集める必要があります。
そのため、optimistic informative priorを使う場合より、必要なサンプルサイズは大きくなりやすいです。
整理すると、
optimistic informative prior
過去の有利な情報を借りる。
必要なnは小さくなりやすい。
ただし、priorが妥当でないと危険。
minimally informative prior
できるだけ今回のデータに任せる。
必要なnは大きくなりやすい。
ただし、結果は今回のデータに近い。
skeptical prior
効果なし方向に慎重に見る。
有効性を示すには、より強いデータや大きいnが必要になりやすい。
というイメージです。
ただし、nを減らすことが目的ではない
ここはとても大事です。
ベイズ統計を使うと、場合によってはサンプルサイズを小さくできます。
でも、目的はnを減らすことではありません。
目的は、
過去の情報を透明に使い、今回のデータと合わせて、より妥当な推論をすること
です。
都合のよい過去研究だけを選んでoptimistic priorを作れば、必要人数は小さく見えるかもしれません。
でも、それは良い研究ではありません。
ただ結果を良く見せているだけになってしまいます。
だからこそ、
priorを事前に決める。
priorの根拠を書く。
prior-data conflictを見る。
感度分析をする。
minimally informative priorでも結果を見る。
skeptical priorでも結果を見る。
このあたりが必要になります。
まとめ
αエラー、βエラー、サンプルサイズは、研究計画の土台です。
αエラーは、本当は差がないのに、差があると言ってしまう間違いです。
βエラーは、本当は差があるのに、差を検出できない間違いです。
powerは、本当に差があるときに、その差を検出できる確率です。
power = 1 − β
なので、80% powerならβエラーは20%です。
サンプルサイズは、これらを踏まえて、
どのくらいの差を、どのくらいの確率で見つけたいのか
から決まります。
αを小さくする。
powerを高くする。
見つけたい差を小さくする。
ばらつきが大きい。
イベント率が低い。
このような場合、必要なサンプルサイズは増えます。
特に、見つけたい効果が小さい場合、必要な人数は急激に増えます。
だからこそ、研究計画では、
臨床的に意味のある差は何か
現実的に集められる人数はどれくらいか
その人数で本当に答えが出せるのか
を考える必要があります。
サンプルサイズ計算は、単なる事務作業ではありません。
研究の問いが現実的かどうかを確認する作業です。

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