見出し画像

イチジク歳時記「笑い草子」⑲輪廻転生

イチジクは、花が咲かないように見えて、実がなるところから無花果とも書く。江戸時代の初め頃、日本にやって来たという。
おととしの春。N氏はそのイチジクの苗を抱えて帰って来た。地植えにすればカミキリムシにやられ、再び植えてもまた被害に遭つた。それでも諦めなかった。完熟した無花果を食べたい、その執念が、今度は鉢植えへと向かわせた。

そして、去年。
鉢は水の中に据えられ、夏になると、日に何度も水を与えられた。イチジクは、まるで乾きに怯える旅人のように、水を欲しがった。水を飲むたびに、木は息を吹き返し、枝は葉を広げ、実は膨らみ始めた。鉢には、海から流れ着いたガラスのブイも置かれている。昔、N氏が海で拾った思い出の品だ。水を浴びると透明な青に蘇り、イチジクの脇で静かに光る。

水食いイチジクの住処

近所の人々はイチジクに歓声を上げるが、ブイにはあまり興味を示さない。だがN氏にとっては、それは庭の舞台を支える名脇役なのだ。収穫期を迎えると、N氏は、毎日、実を観察した。

収穫期に入ったイチジク

「早すぎたらうまくない、遅れれば割れ目にアリが来る」
その見極めは、まるで人生の潮時を読むよう。完熟したイチジクは、とろけるほどに甘く、皮ごと食べれば濃厚な香りが広がる。N氏は「マンゴーと東西横綱だ」と胸を張る。ワインにも合うが、ビールにもよい。

秋が深まる頃、付き合い始めて1年余が過ぎ、N氏にはイチジクたちの声が聞こえるようになった。葉を落とした枝先に2つだけ実が残った。

残ったイチジクたち

月夜の下、大きなイチジクが小さな実に語りかけていた。
「わたしは明日もぎ取られるはず。でも、美味しいと言って食べてもらえるなら本望」
小さな実は別れを悲しむが、大きな実は静かに笑う。
「この世には、誰にも喜びを与えられず終わる命もある」と。
畑の向こうでは、オクラたちが種を残し、来年への命を語り合っている。

オクラの語り合い

ひとときの甘さを残して去るイチジク。種となって蘇るオクラ。N氏の庭では、野菜たちが1年ごとに輪廻転生を繰り返している。N氏もまた、その姿に自らの生き方を重ねている。

冬を乗り越えたイチジクは、今年も見事に葉を広げる。

イチジクの実がそれとしれるほどに成長してきた

庭に出たN氏の妻は、枝先に並ぶ青いイチジクを見上げて声を弾ませる。
「今年は去年の倍はいけそうねえ」
その声に家族たちも集まり、「ジャムにしよう」「そのまま食べたい」と早くも収穫祭の相談が始まる。N氏は腕を組み、「まだ油断はできん。鳥は空からやってくる。虫も、この庭の住人だからな」と憂い顔。
だが、夕暮れ、葉陰にふくらむ小さな実を見上げる目は、誰よりもうれしそうに輝いていた。
さてさて今年も無花果劇場の幕が開いたようだ。

いいなと思ったら応援しよう!