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掌編小説「木材売場、三度(人面樹)」

2026年7月某日、深夜。
職人御用達のホームセンターの木材売場、広がる暗闇を非常灯が緑色の微かな光で照らす。

「あかん、まだ腹立つわ! あのバカップル!」
檜3000×90×90(以下、檜)はイラついていた。いつも飄々ひょうひょうとした檜の珍しい様子に、脚立が声をかける。
「どないしたんや? めずらしくイライラしてるやん」
「昼間に来たバカップルいてたでしょ? 長いネイル付けたシザーハンズみたいな女と焼きそばを頭に乗せたような男」
「あー、いてたな! めっちゃ香水のにおいがキツかった2人やろ?」
「そうそうアイツらですわ! そのシザーハンズが俺の木目を見て、焼きそばに言いよるんですわ。『なあなあ、この木目アンタに似てへん?』って」
「あ、分かった! 俺の木目はあんな不細工な男に似てへんわ! って思ったんやな?」
「ちゃうちゃう! 俺、そんな見た目で判断しませんで! 脚立さん、割とルッキズムなんすね」
「え……? いや……何かゴメン」

檜と脚立の会話を聞いていた、コンパネとフローリング床用に加工された杉は思う。
「いや、アンタさっきシザーハンズやら焼きそばやら、めっちゃ見た目で批判してるやん」

脚立が問いかける。
「じゃあ、何が腹立ったんや?」
「似てる言われた焼きそばが『えー、俺の顔は木目かよー、ひっでぇなぁ』とか言うてヘラヘラ笑いよるんですよ」
「あ、分かった! 木目をバカにされた感じに腹が立ったんやな?」
「ちゃうちゃう! 俺、その程度で腹立つような小さい器してませんで! なんか俺のことバカにしてます? 脚立さん、ちょっと認知がズレてますよ?」
「え……? いや……何かゴメン」

コンパネと杉は思う。
「小さい器ちゃうと怒るって、小さい器やん」

否定されることが続き、脚立は少し苛立って問いかける。
「ほんなら何が腹立ってんな」
「そんでね、焼きそばがアホみたいな顔で、続けて言いよったんですわ『俺、人面樹かよー』って。オマエは人やろ! 樹ちゃうやろ! それを言うなら樹面人や! ボケが甘いねん!」
「えーっ! 怒るのそこっ!?」

コンパネと杉は思う。
「認知がズレてんの檜やろ」

「さらに焼きそばが変な動きして言いよるんですわ『ふしぎなおどり〜』って。それ、どろにんぎょうの動き!」
「なんなん? ふしぎなおどり? どろにんぎょう? 何の話してんの?」
困惑する脚立に杉が答える。
「ドラゴンクエスト、通称ドラクエっていうRPGに『じんめんじゅ』『どろにんぎょう』ってモンスターが出てくるんです。そいつらが使うスキルが『ふしぎなおどり』なんです」
「何か分かったような、分からんような……。で、焼きそばのボケが甘いから怒ってんの?」
「そうですけど? 他に怒るところってありました?」

きょとんと答える檜に対して、檜以外は思う。
「そこだけに怒るの、お前だけや」

「あー、あとはアレですね。シザーハンズが言うた木目が焼きそばに似てるって言葉。ちゃうかもしれませんやん! 焼きそばが木目に似てる可能性もありますやん! 俺が樹齢48年の木から作られた材木やったら、お前らより年上やぞって!」

檜以外は思う。
「48年やなくてええやん、キリのええところで40年か50年でええやん」

「まあ俺、樹齢23年の木から作られたんですけどね」
「アイツらと同い年ぐらいやないかい!」
「脚立さん、ナイスツッコミ! でね、ホンマに人間って自分を中心に物を考えますよね。樹齢1000年を越える屋久杉を抱きしめて『大地からの逞しさを感じる』とか言いよるんですよ! 屋久杉も小心者かもしれませんやん! 毎年『台風怖いー!』とか思ってるかもしれませんやん!」
「もう、何に腹立ててんの? 分からん!」
「つまりね、人間ってのは自分の思い込みであれこれ言いよる生き物やなってことですよ」

ここまで一言も口を挟まなかったコンパネが口を開く。
「檜、わしもその意見には同感や。自分らの勝手な価値観で色んなことを定義しよる。分かるな?」
「はい、同感です」
「昔、人面魚って話題になったやろ?」
「人面魚……って何です?」
脚立と檜が尋ねた。杉が答える。
「正面から見た魚の頭部に、人の顔が浮かんでるって話題になったんです。特に鯉に多く目撃されて、全国各地で報道合戦になるほどブームになったんです。まあ、パレイドリア現象が原因と言われてますが」
「パレ……なんとかはええとして、アレかて人間が勝手に『人の顔が魚の頭に! 気持ち悪い!』とか言うてる訳や。分かるな?」
「ま、まあ……そうですね……」
「そんでな、自分勝手に定義した価値観を勝手に壊していくのも人間や。分かるな?」
「確かに……そうですね……」
「勝手に木材と材木の定義を作っておいて、この売場はいまだに木材売場や! 材木売場やろ! 儂ら材木やて何回言うたら分かるんや! 分かるな?」

コンパネ以外は思う。
「あー、また始まったで──」

そして、コンパネの独演会は明け方まで続いたのだった──。


前回の話はこちら。


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