掌編小説「木材売場の雑談」
2026年6月某日、深夜。
「君ら、どこから来たんや?」
とある大阪の職人御用達のホームセンター、木材売場に備え付けられた脚立から馴れ馴れしく問われ、非常灯の灯りに薄く照らされた材木達はざわついた。「誰から答えるんや?」と、目があったなら目くばせをしていただろう。
口火を切ったのは、大量に積み重ねられたコンパネである。
「脚立の兄ちゃん、それ産地のことを言うてんのか?」
「うん、そや。どこの加工場から来たかは聞いてへん」
何がおもしろいのか分からないが、脚立は笑って答えた。
「それやったら儂は、値札に書いてあるけど東南アジアみたいやな。詳しい国までは分からんけども」
「へぇ、それは遠路はるばるようこそやな」
「儂はあれやこれやと加工された合板やから、加工場からの記憶しかない。東南アジアのことは知らんのや」
「そんな感じなんや? 東南アジアからの船旅の話とか聞けるんか思ったけど、残念やわ」
「兄ちゃんも天板とかヒンジとか脚の滑り止め部分の記憶ってあるか? それと一緒や」
「言われてみりゃあそうやな。他は? どっから来たん?」
フローリング床用に加工された杉が答えた。
「僕、奈良県ですわ。吉野杉っていうヤツです」
「あー、有名な産地やな! この前もお客さんが言うてたやん、木目がどうやこうやと」
杉は内心「コイツ、あんまり分かってないな?」と思いつつも
「さわり心地もええって、よく言われてます」
と、話を逸らした。
「脚立さん、すんません。産地やなくて申し訳ないんですけど」
などと話し始めたのは檜3000×90×90(以下、檜)であった。
「え? 産地以外でおもろいネタでもあるん?」
「実は俺ね……去年やってた万博で、大屋根リングの柱やってましてん」
「えぇーっ!」
一同が言葉の意味を理解するのに間があったが、同じ瞬間に驚嘆の声が出ていた。
「万博って大阪万博やんな?」
「あれ以外、他で万博やってないでしょ」
檜は笑って答えた。
「いや、何で大屋根リングの柱がこんなところに?」
何故かあわあわと脚立は檜に問いかけた。
「いや、大阪府知事も解体した大屋根リングは、材木として再利用するって言うてたでしょ? その一環ですよ」
コンパネは「ほぉ……」と一目置いていた。目があったればの話だが。
杉は無い目を輝かせて聞いた。
「会場のどの辺りで柱をやってたんですか?」
「イタリア館の前や! 凄いやろ! ボロネーゼの何とかってのを目当てに来た客がわんさかおったわ」
「ボロ……ファルネーゼのアトラスのことですか?」
「あぁ! それや! あとダヴィンチとかいう雑誌も展示されてたらしいな!」
「ダ・ヴィンチの手稿……です」
杉は呆れながらツッコミを入れた。
「キリストもイタリア館を迷走したらしい!」
杉は口に出すことなく「埋葬……」と心の中で呟いた。
「イタリアから来た美女が、俺の陰で昼飯食うてたこともあったなぁ」
遠い目で語る檜に、コンパネが疑問を口にした。
「何でイタリア人って分かったんや?」
「昼飯を一口食うてボーノって言うてた」
「おぉーっ! やっぱりイタリア人ってボーノって言うんや!」
もはや脚立だけが驚き、感心していた。
「上の方ではユスリカがどうとか騒いでたけど、俺には無関係よ。平和なもんやったわ、立ってるだけやったし。あ、ガキが蹴飛ばしてきたのはムカついたけどな!」
「大人気ないこと言うとんな……。儂らコンパネは土方のおっさんに踏まれてナンボみたいなところがあるから、それは共感できんな。で、他に万博のネタは無いんかい?」
コンパネが檜を調子に乗せようと尋ねた。
「せやなぁ、言うてもイタリア館の前にずっと立ってるだけやったからなぁ。暑いなぁ言いながら並ぶ行列を眺める毎日やったわ」
「で? で? 今このサイズってことは、他の店にも万博の柱がこのサイズで並んでて、お客さんは知らずに買ってるってことなんか!」
脚立だけが大興奮で聞いた。
「まあ、色んなサイズにカットされてるからなぁ。半分ぐらいの長さやったり、板状やったり。俺のサイズで一番大きいんちゃうかな?」
「ってことは、大屋根リングに一番近いサイズの柱の一部が、ここで話してるってことか! めっちゃ凄いことやん!」
「っていうのは冗談やけどな」
「は?」
「そやから、大屋根リングの柱やったってのは冗談やん。最後まで信じてたん、脚立さんだけやで」
「え? コンパネさんも杉も気付いてた……ん?」
「儂はボーノで分かった」
「僕は割と序盤のボケ方が雑やと思ったんで」
「何なん、自分ら木材3人で俺だけを笑ってたみたいな感じやん……」
「むしろアレに気付かん方が……脚立さんって結構純粋なんですね」
「っていうかな、脚立の兄ちゃん──」
「え? 何か……?」
「さっきから兄ちゃん、儂らのことを木材って言うてるやろ?」
「えっと……それが何か?」
「あー、脚立さん、コンパネさんの地雷踏んだわ」
檜がケタケタと笑う。
「え? どういうこと?」
「いや、儂はそない気にしてないんやで? でもな、世の中にはそれだけで殴りかかってくるような血の気の多いヤツもおるんやで?」
「ちょっと待ってください! 何のこと言うてるんですか?」
杉は敬語を使い出した脚立に、笑いを堪えるのに必死だった。
「儂らはな、材木や。加工された材木や。木材は材木に加工される前や。大きく言えば木材っちゅうジャンルの中の材木なんやが、材木も木材もプライドっちゅうもんを持ってるんや、分かるな?」
「あ、は、はい……」
「どっちが上とか下やない、それぞれがそれぞれなんや。分かるな?」
「えっと……はい……」
「兄ちゃんも自分のことを折りたたみ梯子とか言われたら嫌やろ? 分かるな?」
脚立は別に嫌ではないと思ったが「はい」としか返事ができなかった。
「そもそもな! この売場の名前も気に入らん! 材木売場やろ! 分かるな?」
「コンパネさん、めっちゃ気にしてますやん……」
コンパネの説教は、明け方まで続いた──。
お時間があれば、こちらもどうぞ。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
スキ、フォローしていただけると嬉しいです。
正直、おっさんが舞い上がります。
