つなぐ海 四章 翼ちゃん③
少し離れた場所に、グレーの作業着を着た女性が、うつむいたまま立っていた。
もしかして。
山中さん……?
その女性は、こちらを見ることもない。
渚は、恐る恐る声をかけた。
「すみません……もしかして、山中さんじゃないですか?」
女性は、びくっと肩を揺らした。
まるで、“自分に話しかけられる”なんて思ってもいなかったみたいに。
近くに別の誰かが居るのではないかと周囲を見回してから、
「……はい。山中です」
おそるおそる、答えてくれた。
そりゃあ、この世界で、知らない人に突然声をかけられたら、驚くよね……。
渚もそう思いながら、
「私、結城渚って言います。
私も輪島の出身で――」
そこまで言いかけた瞬間だった。
山中さんは、突然、「うわあぁん……!」と泣き出した。
渚はとっさに、背中をさすっていた。
職業病、みたいなものかもしれない。
介護の仕事をしていると、利用者さんと触れ合うことが多い。
気づけば、人との距離が近くなっていた。
しばらくして。
ひとしきり泣いた山中さんが、ぐしゃぐしゃな顔のまま言った。
「ごめんね……取り乱して」
「ううん」
首を横に振り、そっと背中から手を離した。
「泣いて、すっきりしたわ」
山中さんは、真っ赤に腫らした目のまま、笑った。
「あのね、少し、一緒に来てもらっていい?」
一刻も早く、翼ちゃんたちのところへ連れて行きたくて、
渚は細かい説明を省いた。
山中さんは、不思議そうに渚を見つめていたけれど、
「……うん」
小さく頷き、一緒について来てくれた。
時間の感覚はよくわからなかったけれど、
多分、五分くらい。
二人は、再び『三木』と書かれた家の前に立っていた。
ピンポーン。
インターホンを押す。
すると、廊下を走る音がして、
「はーい!」
翼ちゃんの元気な声が聞こえた。
ガラガラッ――引き戸が開く。
「……あ」
翼ちゃんは、山中さんの姿を見るなり、ぱっと表情を明るくした。
そして、そのまま家へ招き入れるように手招きする。
山中さんは、目を丸くしたまま固まっていた。
山中さんの背中を両手でぐっと押す。
「ほら、入って入って」
山中さん、人見知りすぎるやろ――!?
……と思ったけど、多分、本来はこっちが普通なんだろう。
知らない人の家に、いきなり連れて来られたんだから。
緊張でカチカチになっている山中さん……。
なんとか靴を脱がせ、居間まで連れて行った。
「あの……私、泥だらけで……。
少しずつ綺麗にしようとしてるんですけど、まだ全然で……」
渚は、はっとした。
