遥香様は迷走中 1
~あらすじ~
王室に生まれた遥香は、ある出来事をきっかけに予期せぬ妊娠をし、世間の注目と厳しい視線にさらされることになる。
周囲が対応に追われる中、なぜか遥香の前に現れたのは、自由奔放で軽薄と噂される第三王子レオンだった。真意の見えない言動に振り回されながらも、遥香の日常は少しずつ変化していく。
憧れの従妹・玲子、その恋人である蒼介、王室を取り巻く人々。それぞれの思惑が交差する中、遥香はこれまで知らなかった世界や価値観に触れていく。
王女として生きることと、一人の女性として生きること。その狭間で揺れながら、遥香がたどり着く未来とは――。これは、不器用な王女が迷いながらも前へ進もうとする物語である。
ヒッヒッフー。
絶叫にも似た声が、分娩室に響く。
私は、痛みの波に合わせて、
大きくいきんだ。
子宮口が全開と言われるまで、
十四時間が経過していた。
私の体力も限界に近づいていた。
母が握ってくれていた手を、
私は無意識に振り払う。
代わりに分娩台の手すりを探した。
ようやく見つけると、
両手に力を込める。
「次で大きくいきんでね!」
助産師の声が飛んだ。
私は黙ってうなずく。
ヒッヒッフー。
すべての力を手すりに集めた。
やがて鋭い痛みが走り、その直後、
何かが体の外へ流れ出る感覚があった。
はぁ……。
声にならない息が漏れる。
次の瞬間。
オギャー。
小さな産声が響いた。
その声を聞いた途端、
胸の奥から激しい安堵がこみ上げる。
「おめでとうございます」
周囲から祝福の声が上がる。
その中で私は、ゆっくりと意識が遠のいていくのを感じていた。
「遥香様、いかがですか」
鏡越しに蒼介は、
私に笑顔を向ける。
私の表情が明るくなったのを見て、
目の奥の不安なゆらぎが
一瞬にして輝きに変わった。
「蒼介さん、ありがとうございます。私じゃないみたいですね……」
実際、鏡に映った私の顔は、
今までのどんな私より垢ぬけていた。
「とてもお似合いです」
蒼介の声は、
ためらいとうれしさが入り混じっていた。
「……ありがとう」
私は、そう口にするのが精いっぱいだった。
上目遣いで蒼介を盗み見た。
初めて蒼介を見た時、
「こんなに素敵な人がいるのだ」
と、一瞬で目を奪われた。
そんな人の隣を歩く
7つ年上の従妹・玲子が羨ましかった。
玲子が大学生だった頃、
私はまだ中学生だった。
「はるちゃん、ちょっと来てー」
玲子は、同じ大学に通う蒼介を
私に紹介した。
その笑顔はどこか誇らしげだった。
玲子のお父様と蒼介のお父様は、ご学友だったと聞いたことがある。
蒼介のお父様は、瑞乃国屈指の美容グループ「白鳳堂」を一代で築き上げた人物だった。
当時の私は知らなかった。
玲子さまのお父様は「白鳳堂」を気に入っていて、王宮へ蒼介のお父様を呼ぶこともあったらしい。
だから蒼介が王宮にいても、不思議なことではなかったのだ。
蒼介と玲子が王宮の庭園を仲睦まじく歩く姿を、
私は何度も遠くから見ていた。
蒼介と玲子が見つめあい、微笑みあう姿は、
今でも脳裏に焼き付いている。
――眩しかった。
王宮の外では、私たちに自由などほとんどなかった。
だからこそ、パパラッチのいない王宮の中で笑いあう二人は、
まるで別世界の住人のように見えた。
恋の力なのか、蒼介のアドバイスなのか。
玲子は、どんどん美しくなっていった。
会うたびに少しずつ変わっていく玲子から、
私は目が離せなかった。
玲子のことも。
蒼介のことも。
私の憧れだった。
それでいいと思っていた。
