もともと、お花は外に咲くもの。エジプトのツタンカーメンのお墓には、矢車草の花飾りが残されていたそうです。やはり身近に花があるとありがたいのでしょうか。
青い矢車草を見ると、なぜかツタンカーメンという言葉が浮かんできます。何千年も前のエジプトで、誰かがこの花を見て、そばに置きたいと思った。そして今、同じような花が目の前で咲いています。
時間は遠く離れているのに、花を見て感じる気持ちはどこかつながっているような気がします。
そう考えると、一輪の花の中に、長い人間の思いが積み重なっているようで不思議です。
最初に外に咲くお花を、家の中に飾ったのはどんな人だったのか。
それも、水がある小さな器に入れて置けば、数日はお花を観賞できると知ったのはいつの頃からなのか。
茎の切り方で、もう少し楽しめることわかったのはいつの頃からなのか。
これも人間のわがままなのだろうか、
ちょっとした出来心なのだろうか。
こうなったら「いいのになぁ」、が始まりなのかもしれません。
その「いいのになぁ」という気持ちは、どんどん膨らんでいきます。
膨らめば破裂します。
破裂すれば、タネが飛び出します。
飛び出していったタネは、またどこかで芽を出します。
花が咲くときもあれば咲かないときもあります。
しかし咲いても急に萎れることもあります。
そんな繰り返しが、私の中でも日々起きてるような気がします。
これまで私は、興味が芽生えても、途中で飽きてしまうことが多かったように思います。
今やっていることは、楽しいし、嬉しいし、ありがたい事、でもあります。
ずーっと続けていけるだろうか。
いつものように飽きてしまうのだろうか。
次にまた興味の湧くことが出てきてくれるのでしょうか。
最後までご覧いただき、ありがとうございます。
いいなと思ったら応援しよう!
パリに向け日々精進してまいります。