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それ、価値観のすり合わせじゃなくて「コントロール」になってない?

大好きな彼女と付き合って1年ほど。なんだかんだで結婚が現実的なミントです。

皆さん、恋人と価値観のすり合わせできていますか?
喧嘩や衝突をしたときに、これは価値観のすり合わせだからって考えていませんか?

ふとした時に価値観のすり合わせについて疑問に思ったことがいくつかあるので、今日はその点について話せたらと思います。

もはや価値観のすり合わせ超えてない?

「価値観のすり合わせ」って、よく聞く言葉ですよね。最初は一つにならないけど、喧嘩したり話し合ったりして、お互いの考えを一つにしていく…
とても前向きに聞こえる。

でも、この言葉が使われる時って、大抵どちらかの「普通はこうでしょ?」が前提になっていません?

「すり合わせ」という名の、
事実上の「修正依頼」というか、「バグ報告」
というか…。
まるで自分の価値観が間違っていると指摘されているような、そんな息苦しさを感じることがありました。

そう感じてから、「価値観のすり合わせ」という言葉に、少し違和感を覚えるようになったんです。

なんで恋人は特別なの?

って思うんですよね。
そもそも別の人間ですよ。親や兄弟と長年一緒にいてもムカつくことだってありますよ。友達だって長く一緒にいるやつもいますよ。

でも価値観合わせないと一緒にいられないって?

もちろん恋人だから、夫婦だからとかで全く一緒ではないですが、そんなに特別視する必要ありますか?
友達や親・兄弟と同じでいくら恋人・夫婦だからといっても仕事してる時間は一緒にいないし、デートとか楽しい時間に価値観とかそこまで考えるほどじゃない、寝てる時間も生きていないものとカウントって考えると価値観合わせなきゃいけないタイミングそんななくない?

もちろん、友達や家族と違って、『結婚』という未来を一緒に作っていくパートナーだからこそ、不安になる気持ちもわかります。
『この人で本当に大丈夫かな』『この小さなズレが、将来大きな溝にならないかな』という不安が、彼女を『価値観をすり合わせなきゃ』という行動に駆り立てるのかもしれません。

コントロールできないことが嫌なんじゃないの?

相手が自分の思い通りにならないことを価値観のすり合わせって言ってない?

めちゃめちゃ建設的な話し合いを目指すのであれば、下記のようなステップになると思っている。

  1. 嫌なところの指摘(+なぜ嫌だと感じたか)

  2. 相手の状況の推測に関する説明

  3. 自分が譲歩できる点も含めた改善策の提案

基本的にほとんどの人が行ってるステップを想像するとこんな感じ。

  1. 嫌なところの指摘

  2. 一方的な修正案の押し付け

無意識だとこうなってるはず。
普通に自分がされたら嫌じゃない?

自分として大事なのは2番の相手の状況の推測に関する説明だと思っていて。
自分はこれが嫌だけど、相手はこう考えているだろうから気にしてなかったんだよねとか、相手としてはこうしたかったからだと思ってるんだけどとか。

この時点で推測の正解・不正解は関係なくて、自分の持っている状況から推測すると相手はこう思っている、こう考えていたっていうのを言語化するから、相手もそうだったとか、そうではなくこう考えていたっていう話し合いにつながる。
結果的に、価値観が擦り合わされるっていうことだと思っている。

価値観のすり合わせの本当の意味

「価値観のすり合わせ」という言葉は、まるでどちらかが折れて一つになる、というイメージがあるかもしれません。
でも、僕が思う本当のすり合わせは、
価値観を一つにすることではなく、お互いの価値観の違いを理解し、その違いを乗り越えるための二人だけの「ルール」や「方法」を作っていく作業
なんじゃないでしょうか。

相手をコントロールしようとするのは、ただの押し付け。
相手を理解しようと努めることこそが、本当の意味でのパートナーシップを築く第一歩なのだと思います。

そして、僕たちが目指すべきなのは、完璧に価値観が一致した恋人になることじゃない。
「なんでわかってくれないの?」と嘆く時間を、「どうしたら伝わるかな?」と考える優しさに変えていくこと。
その小さな努力の積み重ねが、どんな価値観の違いよりも強い、二人の絆を作っていくのだと信じています。

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