映画と小説の違いは? ラストシーンはどのように生まれた? 映画『8番出口』メンバーシップ特別試写会Q&A
今回のnote『物語の部屋』は、映画『8番出口』メンバーシップ特別試写会におけるQ&Aでの興味深いやり取りを、いくつかお伝えできればと思います。
Q1:
映画の小説と映画の関係なんですが、一体どこまでが映画で、どこまでが小説として考えて創作されたのかお聞きしたいです。
A:川村
実は小説を書く予定がなかったんです。
映画作りでとても満足して、というか、飽き飽きしてて(笑)。もう本当にしつこくやったんです。編集でも、CGでも、音でも、何百回と確認する。だから、完成後はもう向き合いたくなかった。
でも、水鈴社の篠原さんから「書こうよ小説」って言われて。
映画の撮影前に、登場人物の履歴書を作って俳優に渡すことが、よくあります。僕も、二宮くんが演じた”迷う男”の履歴書を作っていた。生まれ育ってきた環境とか、異変に対する内心の動きとか、小松菜々さんの役との関係性とか、そういうのを全部書いて。
この映画の登場人物の名前は明かされないし、どういう仕事をしてるのか、どこに住んでて、何が好きで何が嫌いなのか、そういう情報を知りたいかな? と思って用意していた。ところが、撮影最終日まで二宮くんは何も聞いてこなかった(笑)。
撮影が終わった後に、「なんで聞いてこなかったの?」って聞いたら、「名前がないってことが全てだった」と。
実は、僕も同じことを思っていました。
例えばゲームをする時に、最初はどういう主人公かわからない。でも、遊んでるうちにその性格のようなものが見えてくる。時にはプレイヤーそのものが、キャラクターになっていく。
そんな「ゲーム体験のようなキャラクター造形」をしよう、と思ったんです。
小説を読むと、それぞれの異変が”迷う男”の内心にある罪のメタファーになっていることが細かく明かされていきます。でもそれを二宮くんがインプットして役作りをしてから通路を歩きはじめると、はなから色々なものを背負った人に見えてしまう。
”迷う男”は冒頭、全く無個性だし、何を考えてるかわからない、モブのように見えて欲しかった。非人間的で無個性なキャラクターに、だんだん人間性が見えてくるという道行きにしたかった。
少年と「4番看板」の前で芝居する前に、「実はふたりとも父親と会ったことがない」ってことをポロッと僕が言って、ちょっとずつ二宮くんに情報開示をしていきました。そうすることによって彼の中で、人物像が想像力で膨らんでいく。
ヒントを少しずつ出していくことで、だんだん”迷う男”を人間にしていくという、 ちょっと変わった演出スタイルを選択しました。
なので、小説に書いてあることは、裏設定として用意していたもので、映画にはセリフとしてほとんど反映されていない。
誰にも知られぬままになっていた可能性もあった物語なので、小説として書けて良かったと思っています。
Q2:
映画『8番出口』の終わり方が本当に大好きです。心踊るというか、わっと立ち上がって拍手したくなるような最後で。あそこは3回ぐらい撮り直しをしていると聞きましたが、どのようにあのシーンが生まれたのか、詳しく聞かせていただけたら嬉しいです。
A:川村
ラストシーンのこと、観た方と話したかったんです。ネタバレありで話せるのって、本当に楽しいですね(笑)
あのラストシーンは、実は3回、撮り直しています。
まず初日に撮ったんです。電車が借りられるのが、その日しかなかった。二宮くんに「申し訳ないけど、これがラストシーンだ」と伝えて撮った。
(以下ネタバレあり)
