【眩米一誓という人間】僕の夢と、人生をさらす。
掲げる旗

使命
この地に愛の海をつくり、心の飢餓を潤す
肩書き
表現者、ひと開花師
生き様
この地に愛の海をつくり、心の飢餓を潤す。
関わることができる人の、心を軽くし、気を楽にし、
喜びと幸せに貢献する。
解決する人よりも隣に座る人でありたい。
眩米一誓という名について
宇宙が愛するオーケストレーター真喜屋宏音氏により、
2025年2月24日に命名される。
詳しくはこちらの記事をどうぞ⬇️
2026年のテーマ
音への挑戦。
言葉と音で心に潤いをもたらす活動をする。
使命とテーマに関する参考記事
現在の自分
家族
妻と柴犬と一緒に暮らす。
仕事
とある企業の契約社員として働きつつ、表現者として活動している。
職場でのお仕事は主に、斡旋サービス契約受注後の企業フォロー。
年齢
公言していない。ご想像にお任せしている。
聞かれたら「『ありがとう』です。」と答えている。
顔
家族を守るために顔出ししていない。
実際のところは顔出しNGとまではいかない。
自称、光の当たり方によってはモアイ像に似ている。
好きなこと
サッカーは見るのもやるのも好き。
音楽は弾き語りするのも聴くのも好き。
文章は書くのも読むのも好き。
恐竜とゴジラが好き。
旅も好き。
今年こそ、ここにキャンプを加えたい。
※実は、玄米より白米が好き。
僕の夢
抽象的だが大切な生涯の夢
この地に愛の海をつくり、心の飢餓を潤すこと。
周りの大切な人が生きやすい世界をつくること。
人が自分の才能を知り開花させるためのお手伝いをすること。
わりと具体的な夢
全国を回りながらトーク&弾き語りライブを行い、「生きていてくれてありがとう」という感謝を伝え、観客の心を震わせること。
執筆した記事や本を4ヶ国語で展開し、世界中の生きづらさを感じている人に心を潤す言葉を届け、喜びに貢献すること。
家族と世界を旅し、人々や土地、文化と触れることで、視野と価値観を広げること。スペインとアフリカ諸国には特に行きたい。
小型潜水艦に乗って海の神秘を探索すること。
理想のライフスタイル
自然豊かで静かな湖畔の近くにあるログハウスで家族と長閑に暮らしている。
大好きな仕事で感謝されて収入を得ながら働いている。
妻がアトリエで絵を描いている。
大好きな人たちと毎月のようにバーベキューしながら会話を楽しんでいる。
柴犬とハスキーがじゃれ合っている姿を見て笑っている。
これまでの人生録
誕生〜幼少期
東京生まれ。
5歳の時に家族で九州の宮崎県にお引越し。
ド・田舎で大自然に囲まれながら育つ。
学生時代
日本代表に憧れ、サッカーに打ち込む。
小6、中3とキャプテンを経験する。
鬼コーチとチームメイトに苦しむ。
15歳の卒業シーズン、父が急逝する。
サッカー選手を目指す中、勉学優先の進学校に入学。
選手を諦めるという人生初の大きな挫折を経験。
周りは大学を目指す中、「歌手になりたい」と思ってしまう。
文化祭で「さくら」を独唱する。
母との生活、自分の本音と進んでいく現実との間で葛藤する。
19歳
見事に大学受験に落ちる。
父の逝去に因る諸事情で宮崎の実家を去ることに、姉がいる千葉へ引越す。
大喧嘩を理由に母姉と離れ、祖母と暮らすこととなる。
ある晩ふと「強くなりたい」と思い、翌朝、祖母に宣言。
ママチャリで旅に出ることに。
千葉から宮崎まで、100円の方位磁針と大きな日本地図を持って旅をする。
強さ以上に人のありがたみを知った。
宮崎に到着後、父の親友の叔父さんに頭を下げて居候させてもらうことに。
半年間、片道約20キロの距離をママチャリで通いながらバイトをする。
幼馴染との再会を機に初めてギターに触れ、作詞作曲を始める。
貯まったお金を手に、またママチャリ旅へ。
鹿児島、熊本から日本海に沿って新潟まで、最後は山を越えて千葉の祖母宅に到着。
もう二度とママチャリ旅は御免だと感じた。
20代前半
「世界を知りたい」という動機から、インドへ。
3日目に食中毒で40度の熱を出し、海外の洗礼を受ける。
幼馴染と三人でインドの北、西、南を旅する。
騙され、愛され、異国の人々と文化に触れる中で、初めて世界を見た。
帰国後、ギターを始めて間もなかったが、駅前の路上で冬場の100日連続ライブを敢行する。
時折人の優しさに触れ、温かい缶コーヒーが身に沁みた。
「真理を知りたい」という動機から、ある宗教団体へ。
約2年間、集団生活の中で信仰とは何かに触れる。
仕事は工場内の肉体労働、汗水垂らしながら懸命に働く。
信仰と組織のあり方の狭間で揺れる。
組織に従属すれば信仰の本質を見失うという思いと、
「もっと広い世界を知りたい」という強い願望から、
夜中に脱走し、家なき子となる。
会いたい人に会うために、ママチャリで長野へ。
別れたのちには静岡まで山を下り、その後関東を一周する。
千葉の母姉の部屋に立ち寄った後、ひもじい姿に同情したのか、
500円玉の詰まったブタの貯金箱を持って追いかけてきた母の姿に泣く。
ご縁のある人のおかげで部屋を間借りできることに。
警備員をしながら生活基盤を立て直す。
週末はボランティアで小学生のサッカーコーチを行う。
コーチの経験が活きて、ある会社に正社員採用される。
小・中学生のサッカースクール運営と指導を担当することに。
20代後半〜30代前半
あるベンチャー企業の壮大なビジョンに共鳴し、しばしばセミナーに通っていたところ、社長さんから南米で働かないかとオファーを受ける。
スクールの子ども達に別れを告げ、南米パラグアイに行くことを決心。
3年間、現地の人事を担当することに。
0からスペイン語を習得し、採用から教育まで、なんとか人事の仕組みを定着させる。
ガラガラ蛇が庭に現れ、車ではなく牛が渋滞し、蚊が大群になって襲ってくる田舎町での生活を経験。
100年に一度と言われていた洪水を3年間で4度も経験する。
経営状況の悪化を機に、今後の人生を熟考、退社と帰国を決意する。
帰国後は、名古屋、北海道、石垣島と転々。
石垣島では半年間、土木解体業をしながら汗を流す。
本土に戻ったのちには群馬で寮生活をしながら自動車工場で働くことに。
おやすみしていたシンガーソングライターの活動を再開。
知人の紹介で初めてお見合いすることに。
ご家族との初対面でコテンパンに打ち砕かれ、その後あえなく破談。
傷心と共に再び東京へ。
安アパートでの新生活スタート。
◯berの配達員をしながら、シンガーソングライター活動に力を入れる。
何度か隣の部屋から壁を叩かれたので独自で防音壁を作る。
無欲の境地に至りそうな瀬戸際、妻との出会いを果たす。
運命としか思えないような出来事が重なり、結婚を決意。
6畳半の狭い部屋から妻との生活がスタート。
「妻を安心させたい。」という思いから、就職を決意。
予約訪問型の買取営業の仕事に就くことに。
30代後半〜現在まで
初めてこれまでの自分の人生を恨む。
激務と過労、家庭を持つ責任、理想と現実のギャップ、
積み上げのないキャリアと社会の目の厳しさ。
思い詰めて、年末休暇と同時に鬱病を発症。
自分の人生と改めて向き合う。
心の飢えの辛さや悲しさ、自分を愛することの尊さを学ぶ。
半年間の休職後、退職し、職業訓練校でWEBデザインを学ぶことに。
卒業後、訓練校で出会ったメンバーとWEBサイト制作の仲介業を始める。
バイトで請求書のチェック業務をしながら生活費を稼ぎつつ、個人事業に力を入れる。
異業種交流会を訪れた最中、真喜屋宏音さんとの運命的な出会いを果たす。
宏音さんの誘いから、とある劇のフィナーレで歌わせてもらうことに。
2,000名の前で歌うことで、芸術脳がまた目覚めてしまう。
WEBサイト制作の仲介では売上が立たず、事業メンバーとは解散。
請求書チェックのバイトを辞め、現在の会社に契約社員として入社する。
2025年2月、宏音さんから「眩米一誓」という名前をいただく。
noteでの投稿を軸に、表現者として再出発する。
・・・そして今に至る。
人生録の所感
改めて書き出してみると、愉快な人生です。
キャリアの「キ」の時も意識したことがなく、
バイトと正社員の違いもわからないまま社会に出ました。
履歴書を書くのが毎回億劫になる程、いろんな仕事を転々としてきました。
ある人から見れば「何も積み上がっていない」というように見えるかもしれません。
振り返れば「なんでこうなった?」と自分の人生を呪うことさえありました。
だけど、その時その時真剣に考えて、乗り越えて、一生懸命生きてきた事実もある。
これが僕の人生です。
愛すべき人生です。
僕しか歩めない、僕が主人公の人生です。
僕は僕の人生を生きて、誰かが後で見たときに「面白い」って笑ってくれるならそれでいいやと今は考えています。
これからの人生も、きっと面白い。
自分の人生をさらすのはなかなか勇気がいることでした。
ここに綴ることで「そんな人生を歩んでいる人もいるんだ。」とちょっと愉快な気持ちになっていただけるのなら幸いです。
これでもかなり要約しているんです。
この場には書けなかったことも多々あります。
関心を持っていただけたのなら、また小出しにしてお伝えできればと思います。
かなり長くなりましたが、
今後ともどうぞ眩米一誓をよろしくお願いいたします!
眩米一誓
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愛をありがとうございます🥹
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