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羊皮筏子(ヤンピーファーズ)で黄河を渡る by 村松弘一(GEN世話人)

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 1980年代に放送されたNHK『大黄河』のオープニングでは羊の皮に空気を入れた浮きを使った「羊皮筏子」とよばれる筏で黄河を渡るシーンが印象的です。その筏に私も乗ったことがあります。果たして沈まずに乗れたのでしょうか。
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 私の記憶のなかにある初めての「現代中国」の映像は、「さだまさしのニイハオ!! 中国」という番組であったと思います。劇中音楽のレコードが1983年発売のようなので、そのころの放送であったと思います。そうならば、私は小学生だったことになります。詳しい内容は覚えてないのですが、竹林のなかのパンダの映像であったことを覚えています。それを見て、自分の生きている日本とは違う何か「面白い隣国」がある、行ってみたいな、そんな気持ちになりました。この番組は、1981年に公開した映画『長江』のために、さださんが撮影した映像の映画未使用シーンをあつめたものだったようです。1980年にはNHK『シルクロード』が放映されており、まさに中国大陸の北はNHK、南はさださんが80年代の貴重な中国の記録を残すことになりました。まさに80年代は「中国ブームの時代」でした。

 そういった時期に学生であった私にとって、さらに衝撃的だったのがNHKの『大黄河』(1986年~1987年)でした。黄河の源から発し、黄土高原を経て、黄河下流の平原、そして、河口に至るまで、黄河の様々な姿をとらえ、多くの日本人に「黄土高原」のイメージを植え付けた番組だったと思います。宗次郎のオカリナの楽曲は皆さんの耳に残っているのではないでしょうか。

 この『大黄河』のオープニングには、空気を入れた羊皮でできた浮きをつなげた筏に乗って、人々が黄河を渡るという印象的なシーンがあります。このシーンの現場は、私の記憶では銀川付近の黄河のように思っていましたが、『大黄河』第二集「激流筏下り」をあらためて見ますと、黄河の上流、青海省のあたりのようです。確かに流れは激しく、乗っている人物のなかには、チベット僧もいました。このあたりの黄河の川幅は200mで、ここでは日常的に人々がこの筏に乗って往復していたそうです。この筏は中国語で「羊皮筏子(ヤンピーファーズ)」と呼ばれます。

 22年前、私はこの筏に乗ったことがあるのです。それは、寧夏回族自治区中衛市の沙坡頭という沙漠が黄河本流にまで迫っているところでした。ここは、唐の詩人王維の「使いして塞上に至る」という詩の「大漠孤煙直、長河落日円」(果てしなく広がる砂漠には、ひとすじの煙(のろし)がまっすぐに立ち上り、はるか流れる黄河には丸い夕日が落ちてゆく)というフレーズの場であると言われています。そこに、観光客目当てではありますが、「羊皮筏子」がありました。河岸には筏がたてかけられていたり、筏を棒でたぐり寄せたりして、実際に中州まで乗りました。船頭を入れて、5人が乗っても沈まないので、しっかりした筏でした。私はアクティビティが苦手なので、かなり怖かった記憶があります。この筏がいつごろから使われていたのかはよくわかりませんが、少なくともこの地に羊の牧畜をする文化が入って以降であったことは間違いありません。

 さて、『大黄河』では、取材班が黄河の河源を訪れています。黄河の源はいくつかあるようですが、近年、秦の始皇帝の使者がこの黄河の河源あたりまで来たと書かれた石碑が発見されました。そこには、始皇帝が不老不死の薬を求めて使者を送ったことが書かれているらしい。不老不死の薬と言えば、日本に来たと言われる徐福が知られていますが、西にも使者が送られたことがわかりました。その真贋については、さらなる研究の成果を待ちたいと思います。果たして、彼らはどこで、どのようにして黄河を渡ったのでしょうか。黄河上流ですから「羊皮筏子」に乗って渡ったのかもしれませんね。

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