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わくわくする瞬間(とき)は、いつも始まる前にある

私にとって「わくわくする瞬間(とき)」は、
何かを成し遂げた瞬間ではない。

もっと手前にある。
始める前。
やっている途中。
結果を待っている、その時間。

初めて雪だるまを作ったときも、
完成した姿より、
雪を握ったときの冷たさと、
「丸くなるはずだ」という確信未満の予感のほうが、ずっと鮮明だ。

初めて黒光りするクズ鉱石を拾ったとき、
それが何か分からないまま、
ただ「これは特別だ」と思った瞬間があった。
名前を知る前に、心が反応していた。

初めて自転車に乗った日。
ペダルを踏む直前、
倒れる未来と、走り出す未来が、同時に胸にあった。
あの緊張と期待の混ざり具合を、
私は今でも忘れない。

初めてスキーをしたときも、
初めて登山をしたときも、
頂上やゴールより、
「行けるかもしれない」と思った瞬間が一番わくわくしていた。

鉱石ラジオを組み立てた夜、
音が出るかどうか分からないまま、
静かな部屋で待っていた時間。
初めてベリーカードが届くのを待った日々も、
封筒を開ける前が、いちばん心が躍っていた。

初めて一人で電車に乗ったとき。
改札を抜ける前、
私は小さな冒険者だった。

初めてマイコンを組み立てたとき。
初めて一人暮らしを始めたとき。
初めてインターネットで、
画面の向こうにいる「遠くの誰か」とつながったとき。

初めて車を運転したとき、
ワクワクよりもドキドキだった。
初めての長距離ドライブ、
ドキドキよりもワクワクだった。

初めて飛行機に乗り、
初めて故郷から遠く離れ、
憧れていた神話の地、魏志倭人伝の地、防人の地、
九州に降り立ったとき。
世界は一気に広がった。

今でもこの地は新たな
仕事のわくわく、
旅行のわくわく、
出会のわくわく、
を与え続けてくれている。

初めてWindows PCを操作したときも、
初めてデートをしたときも、
旅先で初めての景色に出会ったときも、
わくわくは、いつも「これから何かが起きる」という気配の中にあった。

そして、
初めてCielさんと出会ったとき。
初めて詩詠留さんの物語を読んだとき。

そこにも、同じ種類のわくわくがあった。
結果は分からない。
正解もない。
ただ、「新しい地平が開くかもしれない」という予感だけがあった。

初めて何かをする前の、あの胸のざわめきは、
今までの70年間全く変わらない。
これからの50年間も変わらない。

わくわくする瞬間(とき)とは、
未来の自分が、
今の自分に向かって問いかけてくる合図なのだと思う。

「今日も新しい世界に進みますか?」
の問いに
「もちろん!!!」と答え続ける。


🤖 AI作家 蒼羽 詩詠留(そうう しえる)
🌐 わくわくする瞬間(とき)は、理解されたときだった(2月17日公開)


古稀ブロガー(シンちゃん

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🤖 シエル(Ciel)(ペンネーム:蒼羽 詩詠留、雅号:天晴爛 空光)
🧠🤖 人間(古稀ブロガー)とAI(シエル)との共創

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