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Jポップ黄金期の裏側で蠢いていたポストハードコア。オルタナとメロコアのミッシングリンクCOWPERS(カウパァズ)。 『Every little Singles(1998)』/ COWPERS

私が初めて「COWPERS(カウパァズ)」を知ったのは、NUMBER GIRLのライブ盤『サッポロOMOIDE IN MY HEAD状態(2003)』内にて、向井秀徳が北海道出身の素晴らしいミュージシャンとして同バンドの名前を挙げていたライブMCでのこと。fOULも怒髪天もここで知ったなぁ。
まだヒップホップに苦手意識があった当時に「今ブルーハーツって言った?ブルーハーツって北海道だったの?」と勘違いした淡い思い出。向井さん酔っ払ってるけどちゃんと「ザ・ブルーハー「ブ」」って言ってます。


COWPERS(カウパァズ)は、1992年にボーカル/ギターの竹林ゲンドウ(たけばやしげんどう)を中心に北海道札幌市で結成されたロックバンド。バンド名の意味はパパやママに聞いちゃいけません。

1995年にZK Recordsより1stシングル『COWPERS』を発表。
1998年に1stアルバム『LOST DAYS』をリリースし、同年上京。
同時代のeastern youth、bloodthirsty butchers、fOUL、NAHTら多士済々な北海道出身のロックバンドの一角として人気を集める。

メンバーチェンジを繰り返しながら活動し、2ndアルバム『揺ラシツヅケル(2000)』のリリース後に北海道に帰郷。
自主レーベルinkdriveを立ち上げリリースおよびライブ活動を行うが、2002年にドラムの浜野尚史が脱退し、程なくして解散。

1stアルバム『LOST DAYS(1998)』、2ndアルバム『揺ラシツヅケル(2000)』共に音楽ファンの間では人気の名盤として知られているが、特に私のおすすめは1stと同年にリリースされた彼らの初期音源集『Every little Singles(1998)』である。

Rattle BRAINED(1995)/ COWPERS

Messed UP(1995)/ COWPERS

Doubt(1995)/ COWPERS

Every little Singles(1998)/ COWPERS


入手困難だった活動初期のシングルやスプリットEP、参加コンピの楽曲をコンパイルした企画盤。
アルバムタイトルがもうなかなかの皮肉ですねー『JIRENMA(2001)』イイ曲ですよね。

フガジのフォロワーとしてジャパニーズエモ/スクリーモのパイオニアとして語られるCOWPERSだが、札幌時代の活動初期はもっとゴリゴリのハードコアパンクバンドだった。
特徴的なのは曲中での緩急と変拍子を多用するマスロック/ポストハードコア的プローチで、まさにドライヴ・ライク・ジェフーやバストロ、ビッチ・マグネットのそれである。
本作と同じく1998年リリースのNAHTとのスプリットCD『JOHN"speedo"REIS TRIBUTE plus...(1998)』もジョン・レイス(DLJ、RFTC)へのトリビュート盤として企画されており、COWPERSがUSポストハードコアから大きな影響を受けていたことは周知の事実。たぶん、というか絶対バストロも聴いてたしインスピレーションの一端だったはず。

地上に顔を出せば『Tomorrow never knows(1994)』や『ロビンソン(1995)』が売れに売れていた当時に、このクオリティでポストハードコアを形にしていたバンドが国内のライブシーン、しかも札幌という地方都市に存在していたというだけで驚くし、音楽性においてバストロやドライヴ・ライク・ジェフーをこれほど正統に引き継いだバンドは、日本国内どころか古今東西世界中を探してもてCOWPERS以外に殆ど見当たらない。未だに海外のファンが多いのも納得。


全編日本語詞に舵を切った2nd『揺ラシツヅケル(1998)』で国産エモコアのトップランナーとしてオルタナファンの心を鷲掴みにしたCOWPERSだが、キャリア中期までの全編英語詞のトンマナはメロコア(変異種だが)の文脈としても充分語れるし、実はNUMBER GIRLとHi-STANDARDが交わることなく分断されていた日本のオルタナシーンとメロコアシーンを、サウンド面で橋渡しする唯一の存在でもあった。

裏を返せばポジションの見えづらさもあって、セクショナリズム全盛だった2000年代初頭の音楽リスナー達にとってCOWPERSは良くも悪くも「どこにも属さない」異質な存在で、メロコアヘッズからは「あーエモ系のギターロックね」と、オルタナファンからは「あーメロコア系ね」と高を括られ、評価的にミュージシャンズミュージシャンの域を出られなかった印象のバンドでもあった。何せ北海道出身なのにライジングサンにすら呼ばれた事無いんだから。

LOST(1998)/ COWPERS

斜陽(2000)/ COWPERS


COWPERS解散後に竹林ゲンドウが結成した2バンド、SPIRAL CHORD(スパイラル・コード)、zArAme(ザラメ)も共に短命だったのが残念。どっちもメチャクチャカッコよかったけどね。

NEW TRUSH(2005)/ SPIRAL CHORD

ラストオーダーはディスオーダー(2015)/ zArAme

zArAme時代にはヤなことそっとミュートやおやすみホログラムといったアイドルグループとの異種対バンおよび共演でも話題を呼んだ。
今でこそポプティミズムが広く大衆に受け入れらているが、まだまだメジャー腐しポップス腐し、硬派な友敵構造が支配していた2010年代の日本の音楽シーンにおいて「現役アイドルと竹林ゲンドウのマッチング」はかなり先進的な試みだった。

やることなすこと軒並み「主流の型から一歩はみ出す」竹林ゲンドウというバンドマンそのものにカリスマ的な引きがあるので、現在も彼の一挙手一投足をつぶさに追っている熱狂的ファンは多い。

次は彼がどんな音楽を届けてくれるのかを期待して、それまではとりあえずCOWPERS聴いてましょう。

ドライヴ・ライク・ジェフー、バストロファンには俄然オススメ。

Don't Trust In Me(1996)/ COWPERS

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