ノスタルジックなローファイアブストラクト。デジタル時代のオルタナティブヒップホップ。 『Some Rap Songs(2018)』 / Earl Sweatshirt
現行のUSヒップホップシーンにおいて、一時期のカニエ・ウェストを彷彿とさせる稀代の異端児、トリックスターとしてその名を轟かせているタイラー・ザ・クリエイター。
音楽業界どころかファッション業界やポリティカルな世論に至るまで、あらゆるトレンドを捻じ曲げるほどの存在感を放っている。
その名声を後押ししているのは彼個人の活動だけではなく、彼が主宰するヒップホップクルーであるオッド・フューチャー(正式名称Odd Future Wolf Gang Kill Them All、以下OFWGKTA)の多士済々っぷりもその一因である。
普段はヒップホップを聴かないような人でも名前ぐらいは聞いたことがあるであろうフランク・オーシャンも同クルーから飛び立ったカリスマの一人である。
そして「神童」と謳われたラッパー、アール・スウェットシャツ(Earl Sweatshirt)もその一人。
アール・スウェットシャツ(本名テーベ・ネルーダ・クゴシトシル、以下アール)は、1994年にイリノイ州シカゴに生まれる。
UCLAの法学教授だった母と政治運動家だった父はアールが6歳の時に離婚。母方に引き取られカリフォルニア州で少年時代を過ごす。
13歳の頃からラップを始め、2007年より自作のトラックをMySpaceへ投稿し始める。
2009年、アールがタイラー・ザ・クリエイター本人にファンであることを伝えたのをきっかけに、MySpace上にてタイラーがアールの音源を耳にし、アールは15歳という若さでOFWGKTAの一員として迎え入れられる(とは言ってもこの時点でまだタイラーも18歳前後)。翌2010年に同クルーのウェブサイト上でデビューミックステープ『EARL』をデジタルリリース。
同ミックステープは、アールの15歳そこらとは思えないハイクオリティなラップスキルと、殺人やレイプ、誘拐といった極めて暴力的なトピックの数々を冷酷に綴るリリックが批評家やリスナーの間で評判となり、アールは一躍「神童」として名を馳せることとなる。
とりわけ表題曲『EARL(2010)』のMVは、あらゆるドラッグをチャンポンした危険なカクテルを飲み干したOFWGKTAの面々が鼻血や吐血、脱毛、抜歯、痙攣といった地獄のような急性副作用(大方フェイクの演出なのでご安心ください)とともに街を徘徊する様子が映し出されており、そのあまりの過激さによってアール及びOFWGKTAの悪名が一挙に轟くこととなった。
EARL(2010)/ Earl Sweatshirt
というかむしろ、この時点でのOFWGKTAの話題性の中心はタイラーではなくむしろアールの存在であり、同クルーが名を上げる足掛かりは間違いなくこの時期のアールの早熟で危うげなカリスマがあってこそだった。
しかし程なくして当時まだティーンエイジャーだったアールは、OFWGKTAでの人間関係がアールに良くない影響を与え非行を促していると危惧した厳格な母によって、サモアにある全寮制スクールへ送り込まれることになった。
そんな事情があるとはついぞ知らず、OFWGKTAが大きな名声を獲得していく過程でいつの間にか姿を消したアール・スウェットシャツを待望する声がファンの間で溢れる中、アールは2012年の始めに新曲『HOME』とともにツイッター上に突如現れ、散発的な客演などで徐々に音楽界に復帰し始める。
この一連の騒動については「音楽活動に理解の無い教育ママのヒステリーにアールが付き合わされた」みたいなイメージが先行しているが、実際、自身のドラッグ常習癖のきっかけはOFWGKTAのコミュニティの影響によるものだった、と後にアール本人が語っている。ていうか『EARL(2010)』みたいなMV見せられたらどんな親でもそうなるだろ笑。
2013年にデビューアルバム『Doris』をリリース。
本作よりアールのリリックは若かりし頃の過激さから離れ、赤裸々な自己内省を訥々と紡ぐスタイルへと変化。タイラー・ザ・クリエイターやフランク・オーシャンはもちろん、サンダーキャットやネプチューンズ、ジ・アルケミスト、ファレル・ウィリアムズといった錚々たるプロデューサー陣を迎えた同作の成功によって、アールはテン年代以降のUSヒップホップ界きっての秘蔵っ子として本格的にシーンに返り咲く。
今回紹介するのは、一度見たらアートワークが頭から離れない2018年リリースの3rdアルバム『Some Rap Songs』である。
Some Rap Songs(2018)/ Earl Sweatshirt
かろうじてメロディが聴き取れるぐらいの過剰なローファイミックスが施されたワンループのシンプルなトラックの上に、「ディープバリトン」と評されるアール独特の気怠いラップが複雑な韻律とともに絡みつき、強烈な不穏さを纏ったまま全15曲、約25分という短尺を完走する本アルバム。
ノイズの向こうに微かに鳴っているメロウなカットアップがノスタルジックな心地良さを呼び起こす、不気味さと同時に温もりも内包するアンビバレントな音体験。
トラップ以降のヒップホップとは真逆のサウンドプロダクトは、まさにデジタル時代のオルタナティブヒップホップにふさわしい。
アール・スウェットシャツは、今や世界的なポップアイコンと化したタイラー・ザ・クリエイターと比肩する、あるいはそれ以上の才能を持ち合わせながら、タイラーが浴びるスポットライトから自ら遠のいていくかのように、まるで時代に逆行するかの如くローファイな独自の音楽性を追求し続けている。
今年リリースされた『Live Laugh Love(2025)』もディストラクトなスタジオエフェクトとシニカルなストーリーテリングが渾然一体で押し寄せる怪作だった。
Live Laugh Love(2025)/ Earl Sweatshirt
OFWGKTAについても現在は活動が空洞化して久しく、一時期はメンバー間の不仲説なんかも囁かれたが、要所要所でメンバー同士が同じステージを踏んで音楽ファンたちを喜ばせている所を見ると、単にそれぞれがそれぞれの居場所、それぞれ音楽性を追求していったが故に落ち着いた今の距離感なんだろうと察する。
タイラーが孫悟空ならアールはベジータみたいな。フランク・オーシャンはピッコロみたいな。今はそんな関係のイメージ。
フランク=ピッコロは単に髪色でしょ、っていうツッコミは妥当です。
眩い光を放つ悟空よりも陰を背負ったベジータのほうに感情移入してしまうようなアニメファンにも、タイラーのムーブメントに乗り遅れた、もしくは乗れないような音楽ファンにも、アール・スウェットシャツのサウンドから現行のUSヒップホップを語ってみるのを是非オススメしたい。
Ontheway!(2018)/ Earl Sweatshirt
The Mint feat. Navy Blue(2018)/ Earl Sweatshirt
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