黒沢清「回路」で笑った話
黒沢清の「回路」。言わずと知れたJホラーの名匠、黒沢清監督の代表作の一つ。公開から四半世紀過ぎた今でも、怖い邦画ランキングでは上位に位置し続ける、まごう事なき傑作である事は誰もが同意する事だろう。
本作見せ場である「ノーカット屋上ダイブ」は今見てもショッキングだし、登場する幽霊の姿は恐ろしく、そして物悲しく、今日の目で見ても革新的である。
ただ、もう、見るたびに笑ってしまうのである。というか、なんでみんなこれを笑わず見れるの?という気分である。
たぶん、リアルタイムなら普通に笑わず受け入れられたのかもしれない。実際、かなり前から「見なきゃな」と思いつつ、見たのは結局去年くらいである。
その時にXにあげた初見の感想は、以下の通り。
恐ろしい。この世のものとは思えない程の加藤晴彦のチャラさ。登場する女性陣の露出度の高さも薄ら寒さを感じる。未見の方は是非。
そう、今作はとにかくチャラいんである。
前述のように、怖い部分はしっかり怖い。そして、死後の生の背後に、非常にオリジナルで魅力的な世界観が横たわっていることが感じられるのも非常に好みでもある。また、メソメソと終わっていく寂しい終末感も素晴らしい。
ただもう、それを上回って余りあるチャラさ。
ああ、2000年代、失われた日々よ。
以下に「回路」の怖さを際立たせる90〜00年代っぽさを列挙する。
※結末に対する大きなネタバレはないが、展開に若干触れるところはあります。
・晴彦のキムタクライクな中途半端ロン毛。
・晴彦のアロハandウォレットチェーンandシドビシャス風南京錠ネックレスというファッション。たまらんぞ、オイ。
・経済学部の晴彦、「俺、図書館とかあんまり来ないから出口がどこだかわからないよ」というどうかしてる発言。
・晴彦、小雪の名前を聞いた次のシーンから付き合ってもないくせに呼び捨て(小雪側は「○○くん」呼び)。昔はこういうすぐに彼氏ヅラするヤツ、いたよね。
・怪現象が続いてガッツリ精神的に追い込まれながらも、登場のたびに別のシャレオツな服にきっちり着替えている晴彦と小雪。
・理工学部の才媛、小雪の自宅に並ぶ、タイラー・ダーデンに怒られそうな北欧家具。時代的にIKEAじゃないはずなので、きっと高い。実家太そう。
・麻生久美子の職場である園芸店(?)の信じがたい緩さ。大学のサークルか研究室かと思った。キャミソール姿で働いてるのは、まあいいとしよう。
植木を一個ずつ運ぶな。まとめていけ、まとめて。
この職場では作業効率というものが考慮されていないようである。多分、恐ろしく利益率が高いんだろう。売ってるのは本当に園芸用の植物だけなんだろうか。
・終盤、世界の境界が破壊されて、社会が決定的に崩壊していく。その終末感に満ちた廃都東京を走り抜ける久美子の、場違いなほど鮮やかなパステルカラーの軽自動車。まあ、いきなりマッドマックスみたいな車に乗り換えてたら、そりゃ変だけどさ。
・チェーホフの銃よろしく、当然のように出て来て当然のように発砲される拳銃。しかも、日本の警察用のリボルバーではなく、かなり大型の軍用っぽい拳銃なんである。
なんぼ、世界が壊れかけてるっつっても、数日前まで大学生だった小雪がそんな銃を持ってるのはなんでだ。治安崩壊早すぎだろ。
どうですか、お客さん。たまらんやろ。
思わず、無礼にも晴彦小雪と連呼してしまったが、そしてもちろん、彼らにも役名はあるのだが、私の目にはもう、その時代を確かに生きた、加藤晴彦氏らご本人にしか見えないのである。
「等身大の若者の姿を演じる」という意味では凄まじくよくできた演技だし、キャスティングした監督の眼力も確かである、と称賛するのはやぶさかではない。
そして、極め付け、中盤の晴彦の台詞が面白すぎる。
自分も幽霊となり永遠の孤独に陥る事になるかもしれない、と怯える小雪を励まそうとしてるんだけど、途中の「ひょっとして」からの言葉の無意味さに愕然とする。何も考えず話し始めた感じが凄くよく出てる。
以下に書き起こしたのでご参照されたい。
晴彦「死んだらどうなるかなんてさ、わかるわけないじゃん。そうやってみんな、幽霊ゆうれいって言うけどさ、オレ、もしそんなの見たって絶対信じないからね。
たださぁ、オレは今こうやって生きてるし、春江(小雪)もちゃんと生きてるし、それは間違いないことだろ?だから、いつか必ず死ぬなんて、オレ、そんなこと考えたくないな。
ひょっとして、あと何十年か経ってさ、いや、オレたちが生きてる間でいいや、絶対に死なない薬とかが出来てさ、そしたらずーっと、いつまでも生きられるんだよ。
まあ、そんなこと言ったら『バカじゃない?』って思われるかもしれないけど(笑)、オレはそっちに賭けるな」
小雪「永遠に生きたいの?」
晴彦「ああ」
小雪「それって楽しい?」
晴彦「ああ、オレはそう思うな」
いやもう、マジでなに言ってんだオメー。
しつこいようだが、今作は確かに名作であり、他人にお勧めするに躊躇する要素は微塵もない。
ないが、それを上回るチャラさのせいでそれどころじゃないっていう。
これ、今見るからそう思うだけなんだろうか。公開当時はどう受容されてたんだろ?
今となっては想像するしかないが、意外と「等身大の現代の若者が異変に巻き込まれる様がリアリティあるわ〜」みたいな感じで受け入れられたんだろうか。
その時代の空気を保存するという意味で、すべての映画はタイムマシンである。
発達しつつあったインターネットに対する当時の社会の訝しげな視点や、地味でメソメソしたゆるい終末観などを今作から読み取ることもできるだろう。
それと同時に、その時代の浮ついた雰囲気をも保存している今作が非常な傑作であることは疑いようもない。
いろんなプラットフォームで見られると思うので(僕はU-NEXTで見た)、未見の方にはぜひお勧めしたい。
