「THE:BLUELINE」 第2話

 俺がこの世界から消えていると、確かに彼女はそう言った。
 
「いやいや、何言ってんの?」
 
 俺、普通にここにいるし。と、俺が信じないそぶりをすると、彼女はめんどうそうに「じゃあ自分で調べてみたら」と言って、せっせと1階に戻ってしまった。
 
「・・・・・・調べるってったって、どうやって調べるんだよ」
 
 何て言いつつ、起きたときの癖でポケットに入っていたスマホを取り出して電源を入れる。
 
「ぇ・・・・・・」
 
 スマホは、初期化されていた。と言うより、初めから使われていない事になっていた。
 
「は?」
 
 俺はドタバタと廊下の奥にある階段を降りて、真っ先に我が家へと向かおうとした。
 店を出ようとしたとき、金髪のあの子が俺の腕を掴んで止めた。
 
「言ったでしょ、意味ないって。学校に行っても貴方は生徒じゃないから追い出されるし、家に帰ってもそこは空き家か、別の人が住んでる。行っても無駄」
「無駄・・・・・・じゃあ、俺の家にある家具とか荷物とかは、どうなるんだよ」
「貴方が消えたから、あの日貴方が身につけてた物以外、全部消えてる」
「・・・・・・そっか」
 
 この1ヶ月、世界が変わって孤独になっていく中、ずっと変わらなかった家族写真だけが心の支えだった。俺達が家族だった事実は変わらない。今は俺の側にいないけど、世界が変わっても。家族との繋がりはそう簡単に消えないんだって思うと、少しだけ孤独が和らいだ。
 
「ぁぁ・・・・・・くそ」
 
 ずいぶんと簡単に言ってくれるな・・・・・・。
 1ヶ月ぶりだ、こんなにショックを受けたのは。
存在どころかやることも無くなった俺は、観念して店の手伝いを始めた。
 
「どう? この世界から消えた感想は」
 
 デリカシーと階のだろうかこの子は。

 金髪のあの子は、常にお盆に何かしらを乗せて店の中を歩き回っていた。どうやらこの店はそこそこ繁盛しているらしく、昼時なんかは人手が足りなくて大変らしい。
 
「別に、以外と何にも無くあっさり消えるんだなって感じで、自分が消えた実感がない」
 
 彼女の名前は、未香。名字はまだ教えてもらっていない。2年前からこの店で働いているらしい。
 
「そっか、まぁ確かに他の人と違って、時軸の慧人が消える事はないしね」
 
 うお、下の名前で呼び捨て・・・・・・何かええ。
 
「なぁ、昨日から言ってる時軸って何なんだ? あの変な化け物もそう言ってたけど。俺が世界から消えた事と何か関係あんの?」
「消えた事とって言うより、存在が消えなかった事と関係がある。この世界線はまだ、ブルーラインから完全に独立できた訳じゃない」
 
 何かSF映画みたいな事喋ってるな。そういうの好きだけど、急に専門用語込みで世界観の説明されても、あんまよく理解できねぇんだけど。
 
「貴方が世界から消えたことになった原因は、どちらかというと慧人が昨日、あいつに首を切られて死んだ事」
 
 ・・・・・・は? 首切られて死んだ?
 ゾッとし、思わず両手を首元に当てる。
 
 ガシャン!!
 
 気づくと、手に持っていたお盆は乗せていた皿の破片を飛び散らせて地面に落ちていた。
 
「すみません」
 
 未香がお客さんに謝りながら、スピーディーに飛び散った皿の片付けに取りかかる。
 
「え、うわすまん!」
 
 俺も急いで散らかった皿の片付けに取りかかると、レジの奥から男の声がした。
 
「あれ、今大きな音がしたけど、どうしたの?」
 
 奥の部屋から姿を現したのは、まるでニートのように髪の毛がボサボサで、髭は剃ってあるらしいが服はヨレヨレ。線の細い、だらしなーい男だった。推定30前後。
 
 男は俺の目に視線を向けた後、下に散乱した皿の破片達を見てニヤリ。
 
「ありゃーやっちゃってんねぇ新入り君、これは減給かなぁ?」
 
 なんだこいつは、ニート(に見える)のくせに馬鹿にしやがって、こっちはそれどころじゃねぇんだよ。と言う言葉を必死に喉の奥にしまい込もうとしたその時。
 
「店長、店の奥にいてって言ったじゃないですか 喫茶店はイメージが大事なんです。ニートが店長なんて知れたら、折角これまで積み上げてきたおしゃれな喫茶店のイメージ崩れます。あと、店長のくせに働かない割にいっちょ前に減給とか言わないでください」
 
「あ・・・・・・すいません」
 
 未香さんに店長と呼ばれているニート男は、彼女に冷たくたしなめられるや否や、一瞬で体をまるめて目に涙を浮かべ、しょんぼりしながら部屋の奥に戻っていった。
 
「(うわぁ、美香ってしれっと呼ぼうとしてたけど呼べねぇ)」
 
 それを見届けた未香さんは、まるで何事もなかったように「ごめん、また後で話すから」といって業務に戻っていった。
 
 この店、不思議な力関係してんなぁ。
 
 それから、昼の3時頃までせっせと働いた。
 ホールの仕事をしたのは初めてだったけど、こんなに大変だったとは。今までファミレスとかで注文遅いとイライラしてたけど、こんな大変だって知ったら、忙しくしてる店で注文するのが申し訳なくなりそうだ。
 
「あー、ちかれたー」
 
 近くの椅子にどてっと座り、スライムのごとく全身の力を抜いて溶けていると、誰かが扉を開ける音がした。
 
「あのすみません、XXを見てきたんですが・・・・・・」
 
 店に入ってきたのは、ヤクザと見間違えるほどの厳つさを放つ、サングラスをかけたおっさんだった。あまりの気迫に俺は一瞬ギョッとし、休憩中の店に入れるか迷ったが、接客に気を遣うのがめんどうで恐いのでお引き取り願うことにした。
 
「すいやせーん、今店しまって・・・・・・」
 
 俺が応対しようとすると、片付けをしていた未香さんがすっ飛んできた。
 
「いらっしゃいませー、XXですねー。それでは奥の部屋にお進みください」
 
 いつもと違う接客をした未香さんは、何故かヤクザ(に見える)おっさんを店長のいる奥の部屋に連れて行った。不思議そうに見つめている俺に、未香さんは言った。
 
「知りたい? 世界に異変が起きてる理由」
 
 世界の異変の・・・・・・正体。
 
「そりゃあ、知りてぇよ」
「じゃあ、慧人も奥の部屋に来て」
「・・・・・分かった」
 
 俺は未香さんに連れられ、店の奥の部屋に入った。そして目に入ったのは、今まさにヤクザがサラリーマンをカツアゲ・・・・・・ではなく、何か話し合いをしている所だった。
 
「今でも思うんです。俺があの時・・・・・・娘を止めていれば!!」
「それは、辛かったですね」
 
 何か、取り調べされてるヤクザみたいだな・・・・・・カツ丼とか出てきそうだ。
 
「食べる? カツ丼」
 
 未香さん、それはもうただの取り調べなんよ。
 ヤクザおじさんはものすごい勢いでカツ丼を平らげると、自分を落ち着けるように深呼吸をして言った。
 
「どうか俺の娘を、生き返らせてください!!」
 
 店長は、ヤクザおっさんの目を真っ直ぐと見つめて行った。
 
「任せてください、お金もいただいてますし、期待には応えますよ」
 
 店長は、ポケットから腕時計を取り出して俺に投げ渡した。
 
「え、ちょ、うおっ!」
 
 何とか反射的にキャッチして時計を確認する。
 
「・・・・・・あれ、これって」
 
 昨日のフードの不審者が持ってたやつ。
 
「どうして慧人君がそれを持ってるのかは分からないけど、どうにもこれ、君にとても良く馴染んでるみたいだから、もうそのまま未香と一緒に仕事行ってきてよ。もううちの店員なんだから」
 
 いや店員って勝手に・・・・・・ってまぁ、そうするしかないんだけどさぁ。
 店長はヤクザの人からもらったお金を、キラキラした目で封筒にしまいながら言った。
 
「いや、仕事って・・・・・・一体」
 
 戸惑っている俺から未香さんは時計を取り上げると、俺の左腕に巻き付けて言った。
 
「言ったでしょ、世界が変わった原因を知れるって・・・・・・これがそう」
「これがそう・・・・・・・って」
 
 ヤクザの人、娘を生き返らせて欲しい→店長承諾→俺と未香さんが依頼を成功させる→現代には存在しなかったはずのヤクザの人の娘さんが、生きていることになる→世界改変成功、やったー。
 
「・・・・・・じゃあ、1ヶ月前に世界が変になり始めたのって」
 
 何にも悪びれる様子もなく、店長と未香は言った。
 
「1ヶ月前にこの町に来て営業を始めたから」
 
 もう、言う言葉は一つしか無かった。
 
「え、いや・・・・・・ってか、黒幕お前らかよ!! どーしてくれんだ!! 俺の友達と彼女と家族写真を返せ!!」
「いやー、過去改変の影響を受けない時軸の君には本当、悪いことしたと思ってるよ」
 
 と、ヘラヘラしながら店長は言った。いや、俺にとってはそんな軽いもんじゃねぇんだけど。でも、店長と未香さんが悪いことしているようにも見えない。むしろ、ヤクザのおっさん見てると、良い事をしているように見える。
 
「あの、店長達の仕事は分かったっすけど。でも、お願いします。俺の周りにいた人達だけは、元に戻してください・・・・・・」
 
 一連の事件の黒幕に対し、頭を深々と下げて頼み込んだ。
 
「え、それ依頼

? 一回5万円だけど」
 
 しばき倒したろうか。
 
「あのなぁ」
 
 湧き上がる怒りを、拳を握りしめてなんとか抑えようとする。
 
「はいはいつべこべ言ってないで早く過去に行ってー。12年前の8月8日午前7時30分ね」
 
 店長は、スマホに写った一軒家を見せて言った。
 
「この家の側にいることをイメージして目を瞑ってー」
「いやちょっと待っ」
 
 ごねていると、未香さんが俺の背後に回って手で目隠しをした。
 
「早く、行くよ」
 
 流石に女の子に目隠しされるこの状況、恥ずかしい。観念して言われるがままにする事にした。しばらくすると、風が肌に触れた。
 
 目を開けると、そこには店長のスマホの写真で見た一軒家があった。
 
「・・・・・・マジかよ」