#せりふ三題噺|Bureau of Unlawful Taste Advancement
「サンバルソースって知ってるか」
突然、山田が聞いてきた。
「なんだよそれ」
聞いたこともない。
「サンバルソースだよ。知らねーの?」
小馬鹿にしたような言い方に、ちょっとイラつく。
こいつは前から、適当な嘘ばかりつくので、信用ならない。
「どうせ、また適当な嘘なんだろ」
「違うって。姉貴が友達から聞いてきたんだって」
「世界一、奇妙なソースらしいぜ」
奇妙なソース?
辛いとかうまいとかじゃなくて?
「なんだよそれ。やっぱ嘘じゃねぇのかよ」
「姉貴の友達の知り合いが、そのソースを作れるんだってさ」
「やっぱり、嘘じゃないか」
「それでさ、今度、姉貴の友達が、そのソースを作るところ見にいくっていうんだよ」
山田は俺の言葉を無視して、話を続けた。
「で?」
とりあえず、興味なさそうに返事しておく。
「お前も一緒に行かないか」
「俺が?」
「そう。俺一人で姉貴の友達について行くのもなんだしさ」
「うーん。どうしようかなぁ」
「世界一奇妙なソースだぜ?」
「まぁ、後でLINEするよ」
「絶対だぞ」
「ああ」
そう答えて、尻についた砂を払いながら立ち上がった。
その夜。
面倒に思いつつも、山田にLINEを送った。
『さっきのソースの話、やっぱ行く』
『まじか!』
『その代わり、明日もう少し詳しく教えろよ』
『わかった』
山田のLINEは、いつも何を言っているのかわからない。
これ以上聞いても、たぶんLINEでは説明できないだろう。
明日、直接聞いた方が早い。
次の日の放課後。
山田とまた公園で、駄菓子を食べながらだべっていた。
「でさ、サンバルソースなんだけどさ」
「うん」
「昨日あの後に姉貴に聞いてもらったら、俺らも付いて行っていいってよ」
「なんだよそれ」
「行けることになったから、いいじゃん」
どうやら、次の次の週末に行くらしい。
「で、どんなソースなんだよ」
「それがさ、教えてくれないんだ」
「詳しい話知ってるんじゃないのかよ」
「見てのお楽しみだってさ」
「なんだよそれ」
次の次の週末の前日。
山田に呼び出された。
「すまん。ソースの見学に行けなくなった」
「は?」
「姉貴の友達から連絡があったって」
「どんな?」
「ソース作りが中止になったって」
「なんだよそれ」
「また連絡するって言ってたって」
「へー」
なんか少し、ちょっとだけ残念だった。
その後、しばらく山田と話すことがなかった。
高校最後の大会前で部活が忙しかった。
大会が終わってから、また山田と公園でだべっていた。
「どうしたんだ」
「何が?」
「山田、お前、ちょっとやつれてないか」
「いや、別になんも?」
「そんなに部活がきつかったのか」
「あ、ああ、そうかも」
「そういえば、あのソースってどうなったんだ?」
「ソース?」
「ほら、世界一奇妙な、なんとかっていうやつ」
「あ、ああ、あれね」
「結局、どんなソースかわかったのかよ」
「いや、よくわかんなかった」
「なんだ、つまんねぇの」
「あれから、姉貴の友達からも連絡ないしさ」
山田はいつもくだらない嘘をつくやつだが、何か妙な感じがした。
その後、俺は塾に通い出したので、山田と話すことがめっきり減った。
もうそろそろ、受験の準備を始めないといけない時期だ。
そういえば、山田は大学には行かず、料理の専門学校に行くって言っていたな。
最近会っていないけど、どうしているんだろう。
そんなとき、塾の帰り道で、山田を見かけた。
「おー……」
声をかけようとして、やめた。
山田は何かを大事そうに抱えて、俯いて歩いていた。
いつもの山田と何か様子が違う気がして、こっそり跡をつけることにした。
山田はつけられていることにも気づかず、路地を曲がった。
角から覗くと、一軒の民家に入っていくのが見えた。
山田の家は別の方向だったはずだ。
その民家の板塀の隙間から、庭をそっと覗いてみた。
豚の仮面をつけた太った男が、氷を浮かべた子供用プールに入っていた。
山田は抱えていたロックアイスの袋を開けて、プールに氷を追加していた。
「何やってんだよ」
思わず、声が出ていた。
もう十一月だぞ。
子供用プールの光景は、見直してもやっぱり意味がわからなかった。
男はプールの中に正座すると、両手を振り上げ、数を数え出した。
山田はその横で、ただじっと立っていた。
すると突然、民家の窓が開き、年配の女性が顔を出した。
「たけあき、できたわよ。あら、山田くんいらっしゃい」
なんだよそれ。
「この時期、これはきついって」
豚仮面が、歯を鳴らしながら言った。
「いくらサンバルソースが辛いからって、ここまで体を冷やす必要はねーって。山田くんもそう思うだろ」
「いいのよ、そんなことはどうでも。サンバルソースの準備なんだから」
山田はうれしそうに服を脱ぎ始めていた。
どうやら、山田も氷水に入るみたいだ。
なんで。
「ほら、今度は山田くんが入るんだから、たけあきは出なさい」
「母さん、大盛りね」
「わかったわよ。山田くんの次は母さんが入るんだからね」
まじか。
山田はすでに氷水に肩まで浸かって、唇を青くしている。
子供用プールで肩まで浸かるって、どうなってんだ。
豚仮面は体を拭いて、家に入るようだ。
「山田くん、今日は10分くらいにしなさいよ。この間みたいに30分も入っていたら、サンバルソースが足りなくなるんだから」
「は……い……」
「でも、山田くんもサンバルソースの準備が上手になったわねぇ」
「そろそろ自宅で作ってもいいかもな」
「じゃあ、山田くんのマスクもB.U.T.A.に申請しないとね」
「やっ……た……」
「今度、B.U.T.A.本部に直接申請しに行くか」
「それまでに、B.U.T.A.の正式名称を覚えておかないとダメよ」
「Bureau of Unlawful Taste Advancement」
「お、もう覚えてるじゃん」
豚に申請?
豚の正式名称?
でも、山田が言ってた「世界一奇妙なソース」は、わかった。
見学を中止した姉貴の友達という人は、きっとまともな人だったのだろう。
山田がやつれていた理由がわかって、ちょっと安心した。
いや、心配した方がいいのか、これ?
それとも、山田が豚に行くのを止めた方がいいのか?
俺は、逡巡した。
そして、そっと塀から離れた。
さらば、山田。
元気でな。
下記企画に参加させて頂きました。
▼今週のお題
■セリフ
「これはきついって」
■三題
・氷
・サンバルソース
・豚
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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