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#8:【子育て⇔学級経営④】子育てにも転用!学級崩壊させる教師とそうでない教師のマインドの違い。

こんにちは、『ふるさと秋田をこよなく愛する教師』Yu-No先生です!

※「育究」についてはこちらの記事をご覧ください。↓

最近、二女の「食べない問題」に悩むようになりました。

夕食を前にしても、口に入れたものを噛み続けたり、嫌いなものを投げたりします。

妻の実家では “食べ終わるまでアイスは出てこない” というルールもあるため、僕はつい思ってしまいます。

「早く食べさせなきゃ!」

しかし、この言葉こそが

崩壊の始まり

なのです。

この「〜しなければ」という呪いが頭をよぎるたびに、

若い頃に経験した「ほぼ学級崩壊」の1年間が思い出されます。

その経験から得た学びが、今回の食べない問題を解決に導いてくれました。


「〜しなければ」が生んだ“苦痛の連鎖”

教師であれば、「崩壊」という言葉を聞いて多くの人が思い浮かべるもの・・・それは

学級崩壊

だと思います。

僕も若い頃、まさにその“入り口”のような状態を経験しました。

やんちゃな野球部の男の子がいました。
急遽、その学年に飛び込みで入り担任を任されました。
自分なら大丈夫だろうと過信していました。

しかし、そんなには甘くありませんでした。
当時の僕の頭には、常に次のような言葉が浮かんでいました。

「なんとかしなければ」
「周りの期待に応えなければ」
「自分が統制しなければ」

英語で言えば 「Should」
心理学で言えば 「べき思考(Should 思考)」
教師が陥りやすいとされる 「コントロール幻想」。

つまり、「全部自分がどうにかしなければいけない」 という思考の偏りです。

僕はこれに縛られていたみたいです。

そうなると、おもしろいことに勝手に居心地の悪い空間が完成されていきます。

生徒は苦痛

教師も苦痛

学級も苦痛

という “三重苦のループ” が生まれます。

当時の僕の学級は、まさにその状態でした。

一年間をなんとか終えることはできましたが、

そこに残ったのは 心身ともにボロボロの自分 でした。


救ってくれたのは「委ねる」こと

翌年度、僕は大きく悩みました。

「この学年はもう無理かもしれない…」
「でも、逃げたくはない…」

葛藤の末、同じ学年を持ち上がる決断をしました。
ただし、あの男の子とは別のクラスを担当させてもらいました。

その男の子を担当したのは、50代のN先生。
授業力はもちろん、人間性にも優れ、生徒の心をつかむ名手。
僕もずっと憧れていた先生です。

そして驚くことに・・・
N先生のクラスでは、彼は 一度も荒れませんでした。

むしろ学級の一員として活躍し、
最後はみんなで助け合う“最高の学級”で卒業していきました。

「どうしてこんなに違うんですか?」
と卒業後に伺ったとき、N先生はこう答えました。

「別になんかしたわけじゃないよ。ただ、仲間に任せただけさ。」

N先生はその子へのリスペクトをもちながらも
「大人が言ってもすぐには動かない」ということを理解し、
彼が信頼している仲間に委ねたのです。

自分は
「~しなければの精神のもとすべて自分で行う。学年部の先生方にも頼ろうとしない。」

この本質は

「独り占め」

でもN先生の根本的な精神は「できないことは信頼する仲間に委ねる」

この本質は

「助け合い」

教師のマインドが違えば、
学級の質が正反対になるのは当然だったのです。


そして今、二女の「食べない問題」に気付かされたこと

話を戻しましょう。

二女が夕食を全く食べないとき、
僕の頭をよぎったのはあの言葉。

「早く食べさせなきゃ!」

これはまさに、
“べき思考”であり“コントロール幻想” によるものです。

しかし、その瞬間、あの頃の学級を思い出し、

僕はある作戦を試してみました。

土日は、隣に住む姪っ子(6歳)が食卓にいます。

二女はその姪っ子が大好き。

そこで長女と姪っ子にこう頼むことにしました。

「二人にお願いがあるんだ。
 二女に食べさせてほしい。
 二人の言葉ならきっと届くと思うんだ。頼ってもいい?」

目を輝かせながら、二人はこう答えました。

「うん!まかせて!」

そして…

「二女ちゃん、おいしいよ!」
「ほら、お姉さんも食べるね!モグモグ」
「じゃあ、一口食べてみようか!はいっ!」

・・・二女は数秒で食べました。

僕と妻だと何時間もかかることを、
子どもたちは一瞬でやってのけました。

まさに N先生の再現 でした。


「親がやらなければ」という呪い

昔の僕なら、絶対にこう思っていました。

「これは親がやらなければいけない」

まさに、親の我が子に対する責任感からくる

独り占め。

しかし今の僕は違います。

「できなければ、委ねればいい」

その方が、みんなが幸せになります。

結果として…

完食できて褒められる二女

頼られて誇らしい長女と姪っ子

ホッとできる親

早くデザートに辿りつける全員

食卓には笑顔しかありませんでした。


子育ても学級経営も「本質は同じ」

子育ても学級経営も、本質は同じだと感じます。

独り占め → 苦痛

助け合い → 笑顔と成長

このマインドの違いが運命の分かれ道だと、身をもって感じました。

だからこそ、生徒も我が子も多くの人の手を借りて、育てていきたいと思っています。

教師は「先に生きる者」=「先に学ぶ者」です。
学校の内外からどれだけ学びを拾えるか、
そして、どれだけ学びを転用し、生かしていけるかで
教師としての質は大きく変わっていくと思います。

今日も僕は育究生活を通して、
拾える学び”を一つずつ集めていきたいと思います。


追記

※なお、コントロール幻想に関連するNote記事も紹介しておきます。
教育界でも知られる堀裕嗣さんが書かれた記事で、
「子どもや学級を完全にコントロールしようとすることの危うさ」について触れられており、まさに今回のテーマと重なる内容になっています。

コントロール幻想から一歩抜け出すヒントとして、
興味のある方は読んでみてもよいかもしれません。