#36:【子育て⇔学級経営27】あかぎれは、擦り傷だと思っていた僕がバカでした。

『ふるさと秋田をこよなく愛する教師』
Yu-No先生です!
今日も、「育究」生活の中で感じたことを、学級経営と絡めて綴っていきたいと思います🔥
※「育究」についてはこちらの記事をご覧ください。↓
「はい?ひび割れ?あかぎれ?」
正直に言います。
擦り傷の親戚くらいに思っていました。
毎年この時期になると妻が
「手がひび割れて痛いんだよね」
と言っているのを聞きながら、心の中では
「まぁ、時間が経てば治るやつでしょ」
と、完全に他人事。
ところが先日、人生で初めてあかぎれを経験します。

あかぎれは、なめたらあかん
まず、水が異常にしみる。
いや、「しみる」なんて優しい言葉では足りません。
水のカッターに毎回当たってるみたい。
さらに、乾燥した状態で手を動かすと、
パックリ割れる。
さっきまで「ちょっと良くなったかも?」と思っていたのに、一瞬で振り出しに戻る。
薬を塗らなければ、
・永遠にカサカサ
・永遠にヒリヒリ
・永遠に「ちっくしょー!」という後悔
※これほんと
この無限ループ。
ニベアを塗って、ようやく落ち着きました。

その瞬間、脳内で妻の声が再生されます。
「この時期、ひび割れになると本当に痛いんだよね」
そうです。

人は「分かった」では動かない
あかぎれを経験してから、洗い物に対する自分の意識が変わりました。
「手伝わなきゃ」ではありません。
「やろう」です。
いや、むしろ
「やりたい」です。
誰かに言われたわけでもない。
内側から、勝手に湧いてくる。
妻の代わりに、自分がやりたい。
そうすると、妻がたいへんそうにしていること
全てに協力したい。
これは、まさに
主体性
だと思いました。
この主体性がうまれたのは、あかぎれを
他人事化でなく自分事化
できたから。
よく学校現場では生徒に
「自分事化しよう」
と言います。
でも正直、
感情が1ミリも動いていない状態で

「自分事で考えよう」って無理じゃないですか?
今回の僕は
・痛み
・不便さ
・地味なストレス
これで、感情をフルボッコにされました。
だからこそ、初めて本気で自分事になった。
人によってスイッチは違います。
喜びで動く人もいれば、
悔しさ、怒り、悲しみで動く人もいる。
でも一つだけ共通して言えるのは、
感情が動かない限り、主体性は生まれないということです。
主体性は「仕込む」もの
ここで大事だと思ったのが、環境設計です。
僕が洗い物をたくさんするようになった理由はシンプルで、
子どもが生まれ、生活がそうなったから。
選択肢はありません。
やるのが「当たり前」の環境に置かれただけです。
だからこそ、あかぎれの大変さを知るところまでたどり着けた。
つまり、「やる」ところまでの環境が整えば、あとは感情が動きさえすれば、自分事化につなげられる。
だから僕はよく、半強制的にでも『やる』環境を作ります。
※賛否両論ありますが…
例えば部活動。
僕は野球部の顧問をしています。
野球部で、ピッチャーがフォアボールを連発したとき、守備で露骨に態度に出る子がいます。
でも中学生に
「ボールが入らないピッチャーの気持ちを考えなさい」
と言っても、正直ムリです。
だから私は、新チームになったときに、練習試合や実践を多くいれ、ほぼ全員にピッチャーをやらせます。
入らない。
恥ずかしい。
悔しい。
焦る。
この感情を一度味わうと、見え方が変わります。
その後、ピッチャーが苦しんでいるとき、
自然とかける言葉が変わってくる。
さらには、練習の中で
『このときは、こうしよう!』
の声がたくさん生まれてきます。
つまり、主体性は仕込みが全てだと思っています。
まとめ
主体性は、
「考えなさい」と言われて生まれるものではありません。
あかぎれがそうだったように、
自分の感情が動いたときに、初めて自分事になる。
これは学級経営も同じです。
友だちの気持ちを想像できない子。
一緒に盛り上がれない子。
その多くは、意地悪なわけでも、冷めているわけでもなく、
ただ経験していないだけなのだと思います。
だから教師の仕事は、
「〜しなさい」と言うことではなく、
〜せざるを得ない場面を、先に用意しておくこと。
そして、感情を揺さぶること。
教室は、偶然ではなく、
意図して主体性が育つように設計する場所。
あかぎれ一つが教えてくれたのは、
学級経営もまた、
愛のある設計の積み重ね
だということでした。

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