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【恋】今も忘れない、世界で一番シュールな恋の始まり。


『…シュールだろ?』

失恋で一番ボロボロだった頃、僕を救ったのは「IWハーパー12年」と、彼女の「シュールね❤️」という一言だったんだ。

IWハーパー12年をオンザロックで乾杯。

行きつけのショットバーのカウンター、琥珀色の液体の中で氷がカランと鳴る。

横に座る彼女を見つめながら、僕はあえて、普段では絶対に使わない言葉を口にした。

意味なんてなくていい。

ただ、その響きを彼女と共有したかった。

彼女も見つめ合って、少し首を傾げながら

『うん❤️シュールね』

クスクスと笑いながら、僕の言葉に乗っかってくれる。

そんな風に、使い慣れない言葉を使って遊ぶのが、彼女と過ごす最高に贅沢な時間の過ごし方だった。


カランコロン…

店の扉が開き、いつもの飲み仲間が3人で入ってきたんだ。

店内に流れ込んできた3人の中でも、彼女の存在だけは、モノクロの映画に突然色が差したように異質だった。

明るい茶髪に、意志の強そうな大きな瞳。

パーツのくっきりしたその顔立ちは、少しだけギャル風の気だるさを纏っていたけれど、それ以上に、内側から溢れ出す愛嬌と、無防備なほどの可愛らしさが僕の視線を奪った。

正直に言えば、今までの僕なら惹かれなかったタイプだ。

保守的で、論理的で、どこか型に嵌まった恋愛を好んでいた僕にとって、彼女は未知の言語を話す異邦人のようだった。

だが、一瞬だった。

ふいに彼女と目が合った瞬間、胸の奥でドクンと大きな音が跳ねた。

それは、僕の心を閉ざしていた分厚い「失恋の氷」に、鋭利なアイスピックが突き立てられた音だった。

冷たく固まっていた何かが、彼女の視線一つで、微かな音を立てて亀裂を生んでいく。

「ねえ、太郎くんも一緒に飲もうよ」

カウンターで固まっていた僕を現実に引き戻したのは、馴染みの常連仲間の声だった。

夜の底で独り、ハーパーのグラスを転がす時間は終わりを告げた。

僕らは吸い寄せられるように、店の奥にある四人掛けのテーブル席へと移動した。

横並びのカウンターから、四角いテーブルへ。

心の距離が縮まったわけではない。

けれど、向き合った瞬間に生まれた熱量が、それまで飲んでいたどのお酒よりも早く、僕を酔わせていった。


それからの数週間、僕らの距離を縮めたのは、夜の静寂を縫うような長い電話だった。

受話器越しに聞こえる彼女の笑い声は、僕の冷え切った日常に少しずつ、けれど確実に体温を戻していった。

そして、三度目に二人で会うことになったのは、週末でもない、木曜日の深夜だった。


「ねえ、海が見たいな……」

午前一時の沈黙を破った、彼女の無邪気な呟き。

普通に考えれば、明朝には仕事がある。

会社からの信頼への階段を登り始めていた僕にとって、それは「正解」ではない。

けれど、あの夜の溶けかかった氷が僕の背中を押した。

「じゃあ、今から行こう」

僕はベッドから飛び起き、彼女を迎えに走った。

目指すは知多半島の先端。

雨に濡れたアスファルトが、ヘッドライトの光を乱反射して、まるで滑走路のように僕らの車を誘っていた。

到着した海辺は、あいにくの雨だった。

会話は止まらなかった。

空が白み始め、激しかった雨がしっとりとした小雨に変わるまで、時間を感じなかった。

僕はトランクの奥から、いつかの花見で使った使い古しのブルーシートを引っ張り出した。

「これ、被ってれば濡れないから」

僕らはその安っぽいシートを二人で頭から被った。

傍から見れば、それはまるで雨を凌ぐ滑稽な「獅子舞」のようだったかもしれない。

けれど、シートを叩く雨音と、隣に座る彼女の吐息。

その小さな隙間だけが、世界で一番静かで、温かい場所だった。

流木に腰掛け、二人で朝日を待つ。

雲の隙間から、滲むような光が漏れ出したとき、僕らはもう、言葉を喋り尽くしていた。

「……付き合おうか」

飾らない、剥き出しの言葉。

彼女は何も言わず、ただ、世界を照らす朝日よりも眩しい笑顔を僕に返した。

帰りの車内、会話はほとんどなかった。

心地よい疲労と、満たされた沈黙。

金曜日の朝、出勤時間ギリギリにタイムカードを切ったとき、僕のスーツからは微かに潮の香りがした。


バレンタインの前の、遠い記憶…

彼女とは、それから一年半後に別れてしまった。

永遠なんてものは、27歳の僕らが思っていたほど安くはなかったけれど、あの時アイスピックで砕かれた僕の心は、確かにあの日から、別の色で再生を始めたんだ。


バレンタインを前に、街が少しずつ浮き足立つのを感じる。

バレンタインの街並み、行き交うカップルの姿。

そんな景色に触れるたび、僕はふと思い出す。

雨の知多半島、ブルーシートの中で肩を寄せ合った、あのシュールで愛おしい時間を。

失恋でボロボロだった僕を救ったのは、高価なプレゼントではなく、深夜1時の衝動と、雨の日の朝日だった。

あの頃の僕と同じように、今、何かを失って立ち止まっているあなたへ。

無駄なことなんて、一つもない。

その痛みも、深夜の無鉄砲さも、いつかあなたを支える大切な「記憶の熱」に変わるから。


最後まで読んで頂きありがとうございました。


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