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山口敬之氏著「総理」をいまさらながら読んでみた。4

この本の、あとがきにかえて、のところに、夏目漱石とその門下生・小宮豊隆についての逸話があります。
これが大変すばらしい。

夏目漱石の門下生に小宮富隆という文学者がいる。漱石全集の編纂に携わるなど、戦前から戦後にかけての漱石研究をリードした人物で、漱石が求道者として悩みぬいた末、「則天去私」という悟りの境地に達したとの立場をとったことで有名である。一方で、こうした小宮の主張は、漱石を神格化しすぎだとして「漱石神社の神主」などと揶揄された。そして1955年に江藤淳が「夏目漱石」を書いて、小宮の「則天去私」と真っ向から対立する漱石像を描くと、江藤の視点に支持が多く集まるようになり、小宮の則天去私論は次第に忘れられつつある。
敢えていえば、小宮は漱石に「近すぎた」ために、漱石という文学的巨人の実像をつかみ損ねたのかもしれない。
それでは、小宮は夏目漱石研究において単なる徒花だったのだろうか。私はそうは思わない。漱石がいつどういう状況でどの小説を書き、何を語り何を食べていたのか。漱石と同じ時代を小宮をはじめとする多くの門下生が遺した漱石の様々な記録がなければ、江藤淳もあの優れた論文を書くことができなかったはずだ。(後略)

この一文を最後に載せることで、山口氏は、このご自身の記録に対する客観視を試みたのかもしれません。
そして、これは察するに、出版社である幻冬舎への配慮でもあるのかな、と。

さすが幻冬舎さん。

ということで。
ワタクシなりに、保守の概念と政治の基本?(その他もろもろ)を考えるきっかけになるのではないかとして、こんなものを書きました。


そうです、誰かさんに倣って、自画自賛でございます(~_~)。


【終わり】


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