<ショートショート>:帳簿の外
年度末。
私たちは「決算」の季節にいます。 企業が資産を評価し、不要な設備を整理するように、もしも「社会」が私たち一人ひとりを資産として厳密に管理し始めたら。
教育費というイニシャルコスト。 医療や年金というランニングコスト。 それらを上回る収益(価値)を、あなたは今、生み出せているでしょうか。
これは、人生という名の減価償却を終えようとする恩師と、それを「整理」しなければならない教え子の、ある一日の監査記録です。
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帳簿の外
窓の外では卒業式の声が聞こえる。
だが、手元の端末に表示された数字は、冷酷な「赤字」を示していた。
この国では、人間は「資産」として管理されている。
教育費、医療費、年金、インフラ。
社会は一人の人間に多くのコストをかける。
だから政府は、人間の価値を数値化した。
すべての国民は手首に端末を装着している。
そこに表示されるのは
残存価値。
納税や労働によって社会に利益を生む限り、人間は資産だ。
それが社会コストを下回れば、帳簿上は赤字になる。
赤字資産は、社会の帳簿から整理される。
私は監査官だ。
その最終確認を担当している。
朝、対象者のリストが届いた。
老人。
失業者。
そしてもう一人。
名前を見て、私は少し驚いた。
高校の恩師だった。
数学教師。
厳しい人だったが、優秀だった。
だが端末の表示は冷たい。
残存価値
−0.02
耐用年数超過。
帳簿上では赤字資産だ。
私は自分の端末を見た。
残存価値
0.01
ぎりぎりだった。
監査官の仕事は社会に必要なはずだ。
そう思っていた。
先生の家を訪ねると、先生は静かに笑った。
「ついに来たか」
私は端末を見せた。
先生はうなずく。
「まあ、会計ならそうなるだろう」
私は装置を取り出した。
黒いスイッチ。
これを押せば、帳簿の整理が始まる。
そのとき、手首の端末が振動した。
通知。
画面にはこう表示されていた。
『本業務の完了を含めても、あなたの生涯価値は社会コストを下回りました』
つまり、今日この仕事を終えても、私は赤字資産になる。
私は黙った。
先生が私を見る。
「どうした」
私は答えない。
ただ、手にした装置を見る。
金属の表面に、小さな刻印があった。
再生資材:整理対象者
私は初めて理解した。
この装置が何で作られているのか。
先生が静かに言った。
「お前は優秀だった」
私は顔を上げた。
先生は私の端末を見た。
そこには
−0.01
と表示されていた。
先生は小さくうなずいた。
そして言った。
「いい減価償却だった」
私はしばらく、その数字を見ていた。
それは帳簿の中の数字だった。
だが、私の人生が、本当にそこに書かれているとは思えなかった。
