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<ショートショート> 99.99%の30歳健診

 私

この地球では、30歳の誕生日に、人生最後の健康診断を受ける。

それまでは毎年ある。

身長、体重、血圧、血液検査、視力、睡眠の質。

だが、30歳の健診だけは違う。

最後に、医師が1枚の紙を渡す。

そこには、こう書かれている。

推定死亡年齢。

誤差。

的中率。

私は30歳の誕生日に、その病院へ行った。

待合室には、同じ年齢の人間ばかりが並んでいた。

誰も騒がない。

みんな、やけに背筋を伸ばしていた。

健康そうに見られたいのだ。

受付の横には、政府広報のポスターが貼られていた。

「自分の寿命を知ることは、未来を大切にすることです」

その下に、小さく書かれていた。

「本結果は予測であり、死亡を保証するものではありません」

死亡を保証されても困る。

検査は、淡々と進んだ。

採血。

脳波。

遺伝子情報。

生活ログ。

歩行データ。

食事記録。

過去10年分の検索履歴。

医師は画面を見ながら言った。

「かなり安定していますね」

「健康という意味ですか」

「予測しやすい、という意味です」

その言い方が、少し引っかかった。

最後に、診察室の奥にある白い機械へ入った。

青い光が全身をなぞる。

数分後、医師が結果用紙を持って戻ってきた。

「これが、あなたの最終健診結果です」

紙には、こう書かれていた。

年齢:30歳

推定死亡年齢:46歳

誤差:±2年

的中率:99.99%

私は、しばらく紙を見ていた。

「46歳……ですか」

「はい」

「早くないですか」

医師は、少し首を傾げた。

「平均よりは短めです。ただ、極端ではありません」

極端ではない。

便利な言葉だと思った。

最短で、あと14年。

最長でも、18年。

「もちろん、100%ではありません」

医師は言った。

「でも、99.99%なんですよね」

「はい」

「それは、ほとんど同じでは」

「いいえ。制度上は違います」

制度上。

この地球では、たいていの絶望に、制度上の逃げ道がついている。

病院を出ると、端末に通知が来た。

勤務先。

『人生計画データが更新されました。キャリア面談の日程を調整してください』

婚活アプリ。

『推定死亡年齢の公開設定を選択してください』

私は、非公開を選ぼうとした。

だが、選択肢の横に説明が出た。

『非公開の場合、相手に不安定型として表示されます』

しばらく迷って、公開を選んだ。

プロフィールに表示された。

推定死亡年齢:46歳

誤差:±2年

予測安定度:A

数分後、メッセージが届いた。

『予測安定度Aなんですね。ちゃんとしている人なんだなと思いました』

私は返信できなかった。

ちゃんとしている。

私は、あと14年から18年で死ぬらしい。

でも、ちゃんとしているらしい。

会社のキャリア面談は、翌週だった。

上司は資料を見ながら、やさしい声で言った。

「君の場合、長期プロジェクトより短期成果型の部署が合っているかもしれない」

「それは、死亡予定が近いからですか」

上司は困った顔をした。

「予定ではないよ。予測だ」

「でも、配置には使うんですね」

「参考値としてね」

参考値。

病院もそう言った。

勤務先もそう言った。

婚活アプリもそう言った。

参考値は、いつも参考以上の力を持っている。

それから私は、健康に気を使い始めた。

酒をやめた。

揚げ物をやめた。

夜更かしをやめた。

階段を使い、毎日歩き、睡眠を記録した。

会社で褒められた。

「最近、健康意識が高いね」

婚活アプリでも反応が増えた。

「努力している人、素敵です」

私は、少しうれしかった。

死ぬのが遠のいた気がした。

もちろん、死亡年齢は変わらない。

それでも、健康管理は続けた。

死亡年齢は変わらない。

でも、周囲の反応は変わる。

私は、自分の死に方を管理できている人間に見えた。

それだけで、少し安心できた。

 息子

父は、その診断結果の範囲内である47歳の春に死んだ。

葬儀のあと、私は父の端末を整理していた。

何度も開かれた健診結果が残っていた。

推定死亡年齢:46歳

誤差:±2年

的中率:99.99%

父は、ずっとこの数字を見ながら生きていたのだと思う。

それから、時代は進んだ。

老化は遅くなり、臓器は交換できるようになった。

病気の多くは、治療可能になった。

人類の平均寿命は、140歳まで延びた。

私が30歳の誕生日に健診を受けた日、医師は父の時代と同じように紙を渡した。

そこには、こう書かれていた。

年齢:30歳

推定死亡年齢:132歳

誤差:±2年

的中率:99.99%

医師は言った。

「医学は大きく進歩しました」

私は用紙を見つめた。

「でも、誤差は変わらないんですね」

医師は少しだけ笑った。

「そこだけは、まだ人間ですから」

病院を出ると、端末に通知が来た。

『人生計画データが更新されました』

父が見ていた通知と、同じ文面だった。

私は父より、ずっと長く生きられるらしい。

それでも、最後の2年だけは、父と同じように、誰にも管理できなかった。


------------------------------------------------------是非、こちらのエッセイも、どうぞ。


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